岸政彦『生活史の方法——人生を聞いて書く』を読んだので感想。
岸政彦は、2010年代以降の社会学のある潮流をリードしてきた一人だと思う。『岩波講座 社会学』刊行にあたっての文章を引けば、「より地味な、地道な、実証的なスタイル」。
その地味で地道な実践は、それはわたくしが学部生のころのスターだった大澤真幸や宮台真司の仕事の方向とはずいぶん異なる(が、いま大澤真幸を社会学者の代表みたいにいったらちょっと変な感じがするというのは素人のわたくしにもなんとなくわかる)。本書は岸政彦の仕事の核心をなす(といっていいであろう)、話を聞いて、書くこと、その いわゆる「ふつうの人」たちの人生にかかわる語りを聞いて、それを書き留める、生活史の実践をレクチャーする。
わたくし自身が今後生活史にかかわる聞き取りをする予定はいまのところないが、『街の人生』や『東京の生活史』などの背景にあるある種の思想みたいなものがわかるという意味でおもしろく読んだ。そもそも生活史を聞き取る対象となる人物との出会い方、手土産はどうするか、聞くときの構え、そして最終的に冊子として製本する際に気を配るべきことなど、まさしく「生活史の方法」とよぶべきものが丁寧に書かれている。
インタビューする対象との距離の取り方など、著者自身が悩みながら試行錯誤しているところはその悩みも含めて直截に書いてあって、誠実さを感じる。時と場合によってさまざま変わりうることはあれど、一方で著者自身の倫理観からくる規範も強く出ていて、そのあたりは興味深く読んだ。巻末の読書案内は岸による自著解題といった趣。
わたくしには今年90歳になった祖父母がいて、こういう風に話を聞けたらという思いはあるのだが、なかなか時間もとれなくて(あらたまって話を聞きたいというのも気恥ずかしいというのもある)果たせずにいる。こうしてまとまった聞き取りでなくても、たとえば東京大空襲の日は東京の方の空が一晩中真っ赤になっていたとか、玉音放送はなにを言っているのかわからなかったとか、中学のころは畑仕事の手伝いでほとんど学校に行けなかったとか、ぽつりぽつりとつぶやいた事柄を拾って、こうして書き留めておくくらいしかできないのかもしれないが…。
祖父母に限らず、両親のこともよく知らないし、そうした身近だけどよくしらないあの人に話を聞けたら、という気持ちをちょっと後押ししてくれるような本でした。
