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2011年3月11日から、今日で15年が過ぎた。わたくし自身が東日本大震災で直接被害を受けたわけではないけれど、あの時の記憶はいまだ生々しく残っている。それは、震災の経験を直接的・間接的に参照したフィクションと少なからず接したからかもしれないが。あるいは2011年という年と結びつく、大学生のころの記憶を懐かしむ気持ちがそうさせているのかもとも思う。
あの日、陸地を飲み込む津波の映像をテレビ越しに、友人二人とみていた。煙を上げる原子力発電所をみて、おれが生きているうちにはもうこれ以上インパクトのある災禍はこないのでは、と思っていたのだが、10年もしないうちに新型コロナウイルス感染症のパンデミックがおこり、そしていまは狂った大統領をいただくアメリカ合衆国が世界をめちゃくちゃにし始めていて、あれほど閉塞感を感じていた2010年代が、世界史上では嵐の前の凪に過ぎなかったのではとも思えてくる。
ともかく、直接傷ついたわけでもないわたくしにとってすら「過ぎ去ろうとしない過去」なのだから、そうでない人にとっては況や、と思うと、15年という時の長さと短さとに打ちのめされる。
閑話休題。先週からはじまったワールド・ベースボール・クラシック、Netflixのおかげで日本代表の絡まない試合も気軽に視聴できるのはありがたく、隙を見てはみているのだった。1次ラウンド、プールCはもちろん日本代表を素朴に応援しながらみていて、メジャーリーグの打者の文字通りの格の違いにうっとりしたのだが、韓国対台湾、そして韓国対オーストラリアと、手に汗握るゲームの連続で大いに楽しんだ。このプールのベストゲームとして、シーソーゲームの末延長タイブレイクまでもつれて決着した韓国対台湾を推したい。李鍾範の息子、李政厚(いや、今後は李鍾範が李政厚の父親とよばれるようになるんやろうね)の気迫に満ちたプレイはメジャーリーガーとしてのプライドを強烈に感じさせて印象的だった。それとチェコのおそるべき軟投派、オンジェイ・サトリア!!
日本代表には勝ち進んでほしいという気持ちと、シーズンを見据えてピッチャーにはあまり消耗してほしくないという気持ち、両方あり、山本由伸という日本野球史上に残る名投手にはなるべく長く活躍してほしいのであんまり投げないでほしいのだが、しかしそこで引き下がるようなら山本由伸は山本由伸になっていないわけで、悩ましい。今年からメジャーリーグでプレイする村上、岡本も(村上は最後に1本でたけど)、シーズンに向けての調整がやや心配ではある。いや、わたくしが悩んだり心配してもしょうがないのだが。
心配というか自己嫌悪に陥るのは、これだけ世界情勢と日本の政治がおかしなことになっとるのにのんきに野球観戦を楽しんでいる自分がいることで、まさしく「パンとサーカス」のサーカスのほうで慰撫されていることに冷静になると腹が立ってくる。衆議院を支配した高市自民党が議会を嘲弄しているとしか思えない手口と態度で政治に対する信頼を毀損しているなかで、わたくしは冬季五輪をみ、WBCをみている。せめて憂いなく野球をみることができるくらいの世の中であれよ。