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革命はいかに準備されたか────渡辺浩『日本政治思想史』感想

日本政治思想史: 十七~十九世紀

 渡辺浩『日本政治思想史 十七~十九世紀』を読んだので感想。

 本書は、主に江戸期から明治初期にかけての政治思想の展開を、儒学・朱子学という思想を一つのメルクマールとし、それを発展させあるいは対抗する思想が生じていくさまを跡付ける。元になったのは著者の過去の著作や東京大学での講義だというが、率直にいって、江戸期の思想がこれほどまでにいきいきと、一種のアクチュアリティをもって感じられたのははじめてで、極めて刺激的な読書だった。極めてリーダブルな語り口と明快な構図があり、そして何より、たくみに思想家の核心部を摘出してゆく手際が見事というほかなく、多くのことを教えられたという気がしている。

 荻生徂徠や安藤昌益、本居宣長といった、名前は知ってるが必ずしもその思想を理解してはいなかったビッグネームについて、一通りのことを教えてくれるのがまずありがたい。たとえば荻生徂徠について、その思想の核心部を以下のように簡潔に記述してみせる。

荻生徂徠の思想の根幹は、ときに「近代的」と呼ばれる立場の逆、ほぼ正確な陰画である。すなわち、歴史観としては反進歩・反発展・反成長である。そして、反都市化・反市場経済である。個々人の生活については反「自由」にして反平等であり、被治者については反「啓蒙」である。そして、政治については徹底した反民主主義である。そういうものとして見事に一貫しているのである。賛同しにくい立場かもしれない。
 しかし、徂徠は、有限な天地で、市場経済による無限の「発展」が可能だ、などとは信じないのである。そして、自由に流動して浅い人間関係しか持たず、それでいて悪事に走らず秩序を保てるほどに人間は立派だ、とも信じないのである。我々は、それにどう反論できるのだろうか。*1

 適宜その著作を引用しながら、それらの思想をすでに乗り越えられた骨董品ではなく、ある時代に対して深い洞察をもった確固たる思想として読み解く、という姿勢が一貫していて、そのことが過去の思想家の思索をいきいきとしたものと感じさせてくれる。

 そうした各論も読ませるが、本書は日本列島における近代はいかにして始まったか、という大きな問いに対しても、思想史からみて一定の回答を示していて、それも大きな魅力であった。近世における思想の展開、そして近代への移行期におけるドラスティックな変容を、本書は武士身分とその思想である儒学の栄光と没落という過程としてもみていて、明治維新による巨大な変革を政治思想といういわば上部構造と連動させて簡潔に語ってみせている。

何故、禁裏の権威が、いつの間にかそれほどに上昇したのだろうか。①外国を意識するほど、皇統の連続が貴重に思えてくるという事情は確かにあった(第十五章)。無論、それを公言した②浅見絅斎などの儒学者や、③国学と水戸学の影響も大きい。④さらに、儒学的礼楽と平安の雅びの双方の美的憧憬の対象となったという面もある(第十一章、第十六章)。美は力である。⑤その上、二つの権威の並存故に、二大政党制に似て、政権党への不満の結果、在野の人気が実績でなく期待によって高まるというダイナミズムが働いたということもあろう。そして、より大きな背景として、体制の永い安定故に、持続と伝統が社会的権威の最大の源泉となっていた事実があろう。当時は、自己主張が、しばしば我がイエや我が集団(町・村・寺社・「仲間」「座」等)の歴史的「由緒」や「筋目」を語る形でなされた。そのような状況においては、最古・最強の「由緒」「筋目」「格」を持つ禁裏がじりじりと権威を高めるのは当然である。多分、禁裏は近世後半の全国的「由緒」競争の最大の勝者だったのである。*2

 

革命とは被支配階級が起こすはずだ、と信じ込む必要はない。一家を構える町人の生活は、下級武士よりも豊かで、しかも気楽だったのではないか。彼等が、武士の騒動を傍観したのは当然であろう。一方、多くの武士は、経済的に苦しいだけでなく、自己肯定が困難だった。戦国武士の理想からすれば、彼等は堕落していた。儒教的君子の理想からすれば、世襲の「武」の「士」であることはひけめだった。そして「皇国」の歴史意識からすれば、存在自体が道徳的に疑わしかった。
 ペリー以降の動揺と瓦解の主な原動力は、既存の体制内で鬱屈を募らせていた武士たち、とりわけ下級武士たちの、自己と他者の改革と破壊への衝迫であろう。彼等が、「攘夷」や「尊王」を旗印として、横議し、下克上し、戦い、同盟したのである。新政府の構成が示すように、これは、主に下級武士による革命だった。*3

 

というわけで、たいへん教えられるところが多かったのであった。

 

関連

 奇しくもさいきん読んだ飯田泰三『日本政治思想史講義』と時代的に補い合うようなところがあり、よかったです。

amberfeb.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

*1:pp.197-8

*2:p.391

*3:p.401