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他者の悲しみにふれる────『ハムネット』感想

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 『ハムネット』をみたので感想。

 16世紀後半のイングランド。森の魔女ともよばれたらしい女の娘、アグネス(ジェシー・バックリー)は、自身も森に親しんでいた。養母からは母譲りの性向を疎まれていたが、むしろそこに惹かれる男、ウィリアム(ポール・メスカル)があらわれ、子を身ごもったアグネスは結婚を選ぶ。このウィリアムこそ、わたしたちが知るウィリアム・シェイクスピアその人だったのだ。田舎での家業に嫌気がさしノイローゼ気味のウィリアムを、アグネスはロンドンに送る。アグネスはさらに双子を産む。子どもたちも少し大きくなり、ウィリアムもロンドンで地歩を築きはじめたころ、イングランドにはペストの影が迫り、そしてアグネスたちも大きな試練に見舞われることになる。

 2020年に出版されたマギー・オファーレルによる同名小説を、『ノマドランド』のクロエ・ジャオ監督が映画化。クロエ・ジャオといえば、『ノマドランド』でも『エターナルズ』でも、荒涼とした北アメリカの大地を詩情たっぷりにカメラに写し取る人、というイメージをもっていたのだが、この『ハムネット』では一転、まだまだ不可思議な力が人々に影響力をもっていたであろう近世イングランド、そこに息づく森の呼吸を鮮やかに活写する。

 タイトルは幼くして亡くなったシェイクスピア夫妻の息子の名からとられていて、この映画ではその経験をもとに『ハムレット』が書かれ上演されるという筋立てになっている。ポール・メスカル演じるウィリアム・シェイクスピアも主役の一人ではあるが、より大きな存在感を放つのはその妻、アグネス。冒頭、深い森の大木の懐、大きな洞穴が口を開けている不穏なシチュエーションで画面に姿をあらわす彼女は、まさに近代以前の呼吸ともいうべきものの体現者で、薬草の効用に通じ、それどころか未来を見通す力すらもっているという。彼女の予言的な言動や、ハムネットに襲い掛かる悲劇(と彼が示した勇気)は、どこかマジックリアリズム的な調子もあるが、ガルシア=マルケスのような中南米の作家のような浮遊感というか遊離感はさほどなく、近代以前ではあるが地続きにわたしたちの近代があるような雰囲気があって、そのあたりのバランス感覚によって、映画全体に緊張感がみなぎっている。

 ハムネットがペストによって命を奪われ、悲嘆にくれるアグネスは、死に目にもあえず、仕事のためにすぐロンドンに戻ろうとする夫とのあいだに絶望的な距離を感受する。一方で、いうまでもなくウィリアムにとっても息子の死は決定的な事件であり、心はかき乱されるが、しかしこの同じ悲劇に見舞われた二人が容易に共感し助け合うことはできない。この映画が突きつけるのはそのような絶望である。

 そして、その絶望を通り抜け、なんとか二人が共感の縁を得、それのみならずその苦しみと悲しみが普遍化されるさまを描くクライマックスの『ハムレット』上演場面は、この静かな映画のなかでもひときわ輝いている。他者の悲しみにふれるという不可能。それを可能にするかもしれない魔術をフィクションのなかに見出すこの映画の結末に、作家としての矜持をみた。