原尞『そして夜は甦る』を読んだので感想。ネタバレが含まれます。
1980年代。西新宿に事務所を構える探偵、沢崎のもとに、見知らぬ男が訪れ、佐伯というルポライターの消息を訪ねる。沢崎にとっては寝耳に水だったが、この男の来訪をきっかけとして、大財閥の令嬢の夫だった佐伯の失踪と、都知事選をめぐる陰謀に巻き込まれていく。
1988年出版、原尞の長編デビュー作。原は翌年刊行の『私を殺した少女』で直木賞を受賞。わたくしは原が亡くなった時期に『私を殺した少女』を読んでいて、その年のベスト10冊に選んだくらい気に入ったのだった。今回なんとなく集中的に読もうかしらという気分になり、手始めにこの『そして夜は甦る』を手に取ったのだった。
『私を殺した少女』でもそうだったが、レイモンド・チャンドラーにオマージュをささげた文体はすでにこの作品で完成されていて、時たま挟まれるアフォリズム風の独白が小気味よく、読ませる。PL学園の桑田と清原のような時事的な話題、新宿や世田谷界隈の地理の描写など、実在感を強調するディテールが巧みで、沢崎という探偵が確かに息づいている感触がある。クライマックスでのどんでん返しもうれしい。そうか、このころ都庁は西新宿になかったんやなとか、強く時代を感じる。
おもしろかったのが、石原慎太郎をモデルにしたと思しき向坂という人物が都知事に配されていること。自身は小説家として成功をおさめ、弟が俳優で自身の小説の映画化で主演…という設定なので結構あからさまである。1988年当時は石原は衆議院議員で、1975年の都知事選で美濃部亮吉に僅差で敗れているが、作中では向坂が投票日の2日前に銃撃され、そのことで怪文書騒動が吹っ飛び見事当選、となっていて、このあたりは偽史的想像力も働いていておもしろい。ちなみに美濃部にあたる人物の名字は矢内原で、名前は(美濃部と同じく革新系の雰囲気のある)東大総長からとったりしたのだろうか。
しかし石原慎太郎はその後実際に都知事になるわけで、原はそれをどう思ったんやろなあ。作中でとんでもない目に遭わせる、というか実質の黒幕が向坂なわけだけど、それも結構大胆である。
