アニメ『十二国記』「月の影 影の海」をみたので感想。
現代日本の高校生、中嶋陽子は、優等生として通っていたが、周囲になじめず、両親との関係にも居心地の悪いものを感じていた。彼女の前に突如、「ケイキ」と名乗る異様な風体の男があらわれる。陽子が「王」であると告げるケイキだったが、禍々しい獣が陽子とケイキらを襲撃、周囲に被害がおよぶ。そしてケイキは、陽子を異世界へと導くのだった。
小野不由美による異世界大河ファンタジーのアニメ化。原作の刊行は1992年、アニメの放映は2002年。テレビ放映時、まだ幼かったわたくしはなんとなく暗くて怖いアニメとして認識していて、きちんと視聴はしていなかった。その後、数年前、妻に勧められたのもあって既刊を読み、その記憶もやや薄れてきたのでアニメ版を通してみようかなと思ったのであった。
アニメ版の監督は亜細亜堂の故・小林常夫、アニメーション制作はスタジオぴえろ、脚色として會川昇がクレジットされている。原作イラストおよびキャラクター原案の山田章博の格調高く荘厳なキャラクターの雰囲気は必ずしも再現されているわけではないが、作画のコストからいっても当然だろう。流石に20年以上前のアニメだから現代の一線級のアニメには見劣りするが、中国風の異世界をよく表現した画面はいまでも陳腐にはなっていない。
この「月の影 影の海」は現代日本の女子高生が異世界に転移して冒険を繰り広げる、ここ10年来の流行ともいえる異世界転生もののはしりのようなフォーマットだが、異世界の緻密な設定とそれによってキャラクターに苛烈な試練を課す展開の妙は、凡百の異世界ファンタジーとは一線を画す。異世界の人として強烈に差別され、信頼できるかもしれないと思わされた人に裏切りを受ける、つらく苦しい原作の展開を、アニメでも忠実に再現している。
原作との大きな違いとして、陽子とともに級友の杉本、浅野のカップルが十二国の世界に転移していることがあげられるが、そのことで原作のつらさがまるで緩和されていないのがすばらしい。陽子と同じく、あるいは彼女以上に現実で寄る辺なさを感じている杉本が、コンプレックスを爆発させて陽子を害そうとする展開は、ともすればやや単調なきらいもあった原作の展開に対してよいアクセントになっていたと思う。
その杉本が、最終的には陽子と和解し、現実世界の苦痛と向き合うことになる結末も、陽子の選択と対照をなしていて、脚色のうまさを感じさせる。現実のわたしたちは王たる運命を背負う陽子ではない(それでも彼女の姿に勇気づけられもするが)。決して特別でない杉本が苦悶し、それでも現実と戦うことを選び取る展開は、読者・視聴者の似姿であって、だからこそ大きな意味がある。ファンタジーの役目とは、現実世界でままならぬ生を送る少年少女に、ささやかな勇気と武器とを手渡すことなのだから。

