『プロジェクト・ヘイル・メアリー』をようやくみたので感想。
目覚める。閉ざされた場所にただ一人。見知らぬ人の死体が二つ。どうやら宇宙、しかも太陽系から遠く離れた場所にいるらしい。男は少しずつ思い出す。地球が、いや太陽系が未曽有の危機にあったこと。アストロファージとよばれる微生物が太陽に飛来し、そのエネルギーを奪って太陽の活動を縮小させている。このアストロファージの被害を受けていないのは、地球からはるか離れたタウ・セチという恒星以外にない。計画が発案される。3人のスペシャリストを決死で外宇宙に送り込み、地球を救う手段を得る、ヘイル・メアリー計画が。男はそのためにここにいる。いまはたった一人で。
『火星の人』のアンディ・ウィアーによる2021年刊行の小説の映画化。監督は『LEGO ムービー』のフィル・ロードとクリストファー・ミラーのコンビ。脚本は『クローバーフィールド』のドリュー・ゴダード、主演は『ラ・ラ・ランド』、『ブレードランナー 2049』のライアン・ゴズリング。
ハードカバーで上下巻におよぶ大作である原作の筋をこの映画はおおむね忠実になぞっていて、記憶を失って宇宙船のなかで目覚めた男が次第に記憶を取り戻し、都度過去のシークエンスが挿入される語りも原作通り。思わぬ同志との出会いと協力、別離と再会など筋立ても原作を踏襲している。たとえば冒頭、自身が宇宙にいることに気づくまでの手探りの描写は原作のほうが分厚いが、まあ映画は予告の段階で舞台が宇宙であることは伝えているわけで、その意味では妥当な省略だろう。そのほか、コールドスリープへの耐性をめぐる挿話だとか、地球を温暖化させるため南極の氷を核爆弾で溶かす作戦だとか、省略されているディテールはあるものの、原作のおもしろさの核心がそれで損なわれているということはなく、優れた脚色だと感じた。
それでも欲をいえば、(3時間近い尺でありながら)映画の方がさまざま襲い来る危機をさらっと解決しているようにみえてしまい、危機の恐怖感や焦燥感の切迫性は原作のほうに軍配があがると感じたが(タウメーバが漏出していたことに気づくあたりの深い絶望が映画だと結構さらっと流されているように感じたんですね)、そのことでサスペンスフルではありつつもストレスフルではない、現代的な娯楽映画になっているとも思った。
原作でも親しみを感じさせた異星人、ロッキーは、映画で実際に身体を与えられると一層キュートで、それが映画全体の雰囲気を明るくしている。はじめてヘイル・メアリー号に乗り込んできたときのはしゃぎぶりは完全に萌えキャラである。一方で、ロッキーたちの宇宙船は極めて神々しい雰囲気になっていて、まさに宇宙人の他者性を感じさせる、優れた脚色であった。
また、主人公の上司、エヴァ・ストラットも、ザンドラ・ヒュラーによって一層深みと陰影を感じさせるキャラクターになっていて、原作の描写を膨らませたカラオケのシーンは強く印象に残るものになっている。
全体として、優れた小説が優れた娯楽映画になっている、きわめて幸福な時間でした。しかし、国政政治をめぐる現実が混乱のただなかにあるなかで、危機のために国という枠組みを超えて一致協力するこの映画が公開されるのは、なんとも皮肉なことではあるなあ、というのは思わざるを得ないのだが…。


