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歴史を変えた人間のことは、多分誰も知らない―『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』感想

Ost: the Imitation Game

 

  『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』をみました。よかったですね、とてもよかった。実話に基づく映画をみると事実は小説よりも奇なり、というのをひしひし感じます。「事実」ってなんだよ、ってのは置いといて。以下で簡単に感想を。

 「普通」じゃない男の栄光と悲惨

 第二次世界大戦中、ドイツのエニグマ暗号機を打ち破るのに大きな貢献を果たした男アラン・チューリングの名は、現在ではあまりにも有名だと思う。この天才の悲劇を僕が知ったのは、サイモン・シン『暗号解読』で取り上げられていたから。 

 文庫版上巻の後半部分で描かれるエニグマとの苦闘は、この本全体の中でも屈指の熱量をもつシークエンスで、僕はこのセクションが一番面白かった。

暗号解読〈上〉 (新潮文庫)

暗号解読〈上〉 (新潮文庫)

 

 というわけで僕はアラン・チューリングの人生の悲劇的な結末をすでに知っている状態でみたわけですが、そんなことは全く本作を楽しむ上での障害にならなかった。彼が獄中で栄光に満ちた、しかし同時に苦悶に溢れた日々を告白するという形式は、あらかじめ彼の人生の結末を暗示させもするし、むしろその悲劇を観客が知っていることを当然の前提にしている感じもある。

 それを強く感じたのは、画面に印象的に登場する「林檎」の使われ方。彼と仲間との友情を結んだ林檎が、最後には彼を彼岸へ旅立たせることにもなるという皮肉。

 そんな仕掛けはさておいて、やはり結末がわかっていながら楽しめるのはベネディクト・カンバーバッチの存在感のおかげだろうなとも思います。「孤独な天才」という類型化された役柄を、そう感じさせない息遣いがあるというか。もっともチューリング本人は偏屈な天才という感じではなかったようですが*1。実話モノの出来を大きく左右するのは、やっぱり役者なんですかね。

 

歴史を変えた人間のこと

 こっからは完全に映画から離れるんですが、この作品を鑑賞して改めて思ったのは歴史を決定づけた瞬間、歴史を左右した行動、歴史を変えた人間のことって、結局のところまったくわからないんじゃないかということです。

 アラン・チューリングエニグマ解読に大きな貢献をしたという事実は長らく機密情報のままであり、彼の名誉が回復されるのには長い時間がかかった。エニグマ暗号の解読は、多分、歴史を大きく左右した。連合国を勝利に導き戦争を早期終結させたことは、連合国の人間の命を救っただけでなく、敵国の人間がより多く死ぬのを防ぎさえした。その過程では「命の選別」とも呼べるような機制がはたらいていたとしても、結果だけ見ればチューリングたちは多くの人間の命を救い、その後の歴史に決定的な影響を与えた。

 彼らの功績はすぐには周知のものとならなかった。しかし、後にはこれ以上なく知られるようになった彼らは、ある意味で例外中の例外なのかもしれない。文字のない社会の人間は、記録を残すことができないがゆえに歴史を記述することができなかったわけだが、文字をもち文明を果てしなく進歩させたかのように思える我々も、かれらとさほど変わらないのかもしれない。あまりにも多くの出来事が、多くの人には知られることなく生起し、終わる。記録媒体が発達しても、それからこぼれおちる無数のものが世界にはあり続ける。そのこぼれおちた何かが歴史を決定づけているかも知れない以上、歴史を変えた人間のことは、誰にも知りようがない。

 

 心になかにたまーに浮かんでは消えていく、ただそれだけの過去の記憶のことについて、この前お話する機会があって、それが心に残っているからこんな感じの感想になったように思われます。はい。

 

 

エニグマ アラン・チューリング伝 上

エニグマ アラン・チューリング伝 上

 

 

【作品情報】

‣2014年/イギリス、アメリカ

‣監督:モルテン・ティルドゥム

‣脚本: グレアム・ムーア

‣出演

 

*1:アラン・チューリングは明らかに天才だが、親切でつきあいやすい天才だった」。『暗号解読』上巻、315頁。本作でマシュー・ビアードが演じたピーター・ヒルトンの証言らしい。