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裏声で歌え紅──『カラオケ行こ!』感想

映画『カラオケ行こ!』公式ビジュアルブック

 『カラオケ行こ!』をみたので感想。

 合唱部に所属する男子中学生、岡聡実は、合唱コンクール後に、偶然いあわせたヤクザ、成田狂児からカラオケに誘われる。合唱コンクールでの岡の歌唱に感心した成田は、年に1回開催され、「歌下手王」が陰惨な罰を受けるというヤクザのカラオケ大会に向けて、指導を乞いたいというのだ。はじめは当然拒否する岡だったが、気のいい成田に載せられて、なんとなく二人のカラオケ通いが始まっていく。

 『女の園の星』の和山やまによる漫画を、『リンダ リンダ リンダ』の山下敦弘監督、脚本に『アンナチュラル』、『MIU404』の野木亜紀子という布陣で映画化。ヤクザの成田役には綾野剛が配され、気のいいにいちゃんぶりを存分に振りまく。

 『カラオケ行こ!』は未読なのだが、『女の園の星』でみられるような、平熱の笑いとも形容できるようなユーモアに満ちていて、それが心地よかった。裏声でX JAPAN「紅」を熱唱する綾野剛とか、恐るべきへたくそさで知ってる曲が連発されるヤクザのカラオケレッスンとか、明らかにそれとは異質な笑いもあるのだが、全体のトーンとしては落ち着いてくすっと笑える場面が多かった。しかしこれだけ論外なへたくそぞろいだと、成田は練習するまでもなく歌下手王を回避できる気もするんだが…。

 少年が見知らぬアウトローとすこしばかりの時間を過ごすという舞台設定は『菊次郎の夏』なんかを想起させるが、中学生と青年でそれをやられるとブロマンスの気配が濃厚に漂う。クライマックス、追悼のために熱唱される「紅」は、技術の巧拙とはまったくことなる次元でこそ、真に人は心動かされるのだと伝える、素晴らしい場面であった。うまく歌えないことが問題ではなく、歌いたい歌を歌うことこそが必要なのだ。裏声でも歌え紅!ということです。

 再開発とともに消え去ったヤクザたちのまぼろしのような郷愁が、あっさり裏切られるエンドクレジット後のシーンも、まあよかったですね。