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理解の過小も過剰も、等しく悲劇である―『ゴーン・ガール』感想

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 先日『ゴーン・ガール』を見ましたが、感想を書かずにいました。というか、書くことが見つからなかったといった方が適切なのかもしれない。デヴィッド・フィンチャー監督作品のなかでも相当に悪辣な鑑賞後の後味にやられてしまってですね。しかしとりあえず年内には書いとこうということで、思ったことをつらつら書いとこうと思います。

予告のおかげでニック・ダンの人生を追体験できる


映画『ゴーン・ガール』予告編 - YouTube

 この予告編から受ける印象って、エモーショナルに夫婦間の関係性を描くドラマとか、そういう感じだと思うんですよ。バックで流れてるのがエルヴィス・コステロの名曲”She”のカバーの所為ってのが大きい。そういうミスリードを意図的に誘うという意味ではこの予告編は恐ろしくよく出来ていて、かつ恐ろしく性格が悪い。本編の展開でドギモを抜かれるのは、もちろん巧みなストーリーテリングとか俳優の映し方とか、いろいろ要因はあると思うんですが、この予告編で誤った先入観を意図的に植え付けられてるってのが大きいんじゃないですかね。

 感傷的な人間ドラマを見ようと思って来てみたらサイコパスとの対決を見せられるっていう、知的な美人と結婚したらその女はサイコパスだったニック・ダンの追体験を味わえるという、拡張現実的な恐ろしさがある。その意味でこの予告編は最高だと改めて思います。

 

エイミーはサイコパスなのか

 失踪と殺人の疑惑が、すべてエイミーに仕組まれたものだったと明らかになった時の演出、それからの息をのむドラマの展開がこの映画の魅力の核心だと思う。次第に明らかになるエイミーのサイコっぷりには恐怖を通り越して乾いた笑いが出てくるレベルというか。サイコだけれど普通に感情的でもあり、意外と突発的なアクシンデントに弱かったりとか、度を越して最強でなかったのもよかった。そのおかげで逃亡劇はやたらハラハラするし。

 本編中でニックの視点に寄り添って物語をみてみると、エイミーは紛れもなくサイコでヤバい女だし、結末はどうしようもない倦怠感を感じるけれども、その悲劇的な結末を準備したのはエイミーだけではないわけで。ニックの行動が積もり積もってエイミーに間接的な殺人を決意させなければ、あんなどうしようもない結末が訪れることもなかった。ニックのエイミーに対する理解の過小が、すべての悲劇の始まりだったともいえる。ニックはエイミーをもはや理解しようともしていなかったように思える。

客体として把握しようとしてもそこからつねにはみ出す「主体としての他者」と出会う場面―ここから生まれるイメージが、「コワイ」であろう。具体的なイメージをもてず、もっとも「主体」の程度が高い異質な「人」に対するとき、私たちは「コワイ」というもっともネガティブなイメージを抱く。そして、このイメージしかないままで他者に対処する技法は、おそらく、「コワイ」対象を消滅させるか接触を断つ、つまり「排除」だけのように思われる。ここにある不安と恐怖を、「排除」という技法は削除してくれる。
しかし、この技法は必ず成功しないで、ある悪循環をたどる。ある他者が「コワイ」。だから彼との接触を断つ。そうすると彼が「どのような人」かはさらにわからなくなり、なにをされるかはもっと予測不可能になる。「排除」によって、他者はむしろ私の制御を越えた「主体」である度合い(「コワサ」)を増していくのだ。
奥村隆『他者といる技法』pp.108-109

 エイミーがニックの前に「コワイ」主体=サイコパスとして現前してしまった理由を、奥村さんのこの文章が適切に説明していると僕は思う。ニックが自身のなかからエイミーを排除していったことで、彼女はサイコパス的な一面が露わになった。確かにエイミーはそれまでもサイコパスの片鱗を発揮していたわけだけれども、ニックとの関係において、それが発露したのは間違いなくニックがトリガーを引いたからだ。

 

 最終的に、ニックはエイミーとともに生きることを選択する。5年の結婚生活のなかでは全く知らなかった、サイコパスとしての一面を理解してしまったのちでも、なおその道を選んだ。彼女の新たな一面を理解したことは、ニックにとって幸福なことだったのだろうか。それは考えるまでもなく、新たな悲劇の始まりでしかなかった。理解の過小による悲劇から、理解の過剰による悲劇へ。理解の過小も過剰も、それぞれ別様に悲劇的でしかありえない。その結論を突き付けてみせた『ゴーン・ガール』は、意地の悪い、しかしとてもまっとうな映画なんじゃないかと思いました。しかし2度目をみるにはちょっと時間をあけないとつらいなとも思ったり。

 

【作品情報】

‣2014年/アメリカ

‣監督:デヴィッド・フィンチャー

‣脚本:ギリアン・フリン

‣出演

  • ニック・ダン- ベン・アフレック
  • エイミー・エリオット・ダン- ロザムンド・パイク
  • デジー・コリングス- ニール・パトリック・ハリス
  • タナー・ボルト- タイラー・ペリー
  • マーゴ・ダン- キャリー・クーン
  • ロンダ・ボニー刑事 - キム・ディケンズ
  • ジム・ギルピン刑事 - パトリック・フュジット
  • ノエル・ホーソーン- ケイシー・ウィルソン
  • エレン・アボット- ミッシー・パイル
  • シャロン・シーバ- セーラ・ウォード
  • アンディ・ハーディー- エミリー・ラタイコウスキー
  • シャウナ・ケリー- キャスリーン・ローズ・パーキンス
  • メアリーベス・エリオット- リサ・バネス
  • ランド・エリオット- デヴィッド・クレノン
  • トミー- スクート・マクネイリー
  • ジェフ - ボイド・ホルブルック

 

 

 

ゴーン・ガール 上 (小学館文庫)

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ゴーン・ガール 下 (小学館文庫)

ゴーン・ガール 下 (小学館文庫)

 

 

 

他者といる技法―コミュニケーションの社会学

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