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スティーブン・ピンカー『21世紀の啓蒙』感想、あるいは歴史の曲がり角

21世紀の啓蒙 上:理性、科学、ヒューマニズム、進歩

 スティーブン・ピンカー『21世紀の啓蒙』を読んだので感想。

 人類の歴史は明確に進歩している。飢餓や病で命を落とす人は大きく減少したし、昨今は経済格差の拡大が叫ばれているが、貧困に苦しむ人々の数も減っている。それには、啓蒙主義ヒューマニズムを基盤とする考え方が世界に広まったことが一役買っている。我々はもういちど啓蒙主義ヒューマニズムを擁護し、世界をよりよくするために漸進的な努力を進めるべきなのだ。

 本書は『心の仕組み』、『人間の本性を考える』、『暴力の人類史』などを世に問うてきたスティーブン・ピンカーによる、2018年出版の著作。その主張をおおまかにまとめると上記のようなものだろう。『暴力の人類史』は、人類は長い年月をかけて暴力を減少させてきたのだと膨大なディテールをもって明かそうとしたが、本書はそれを暴力の領域のみならず全社会的といってもいい規模に拡大して、人類はたしかに世界をよくしてきたのだと説く。

 文庫本で上下巻、1000頁超というボリュームはほとんどそのディテールを記述するために費やされるが、記述自体は平明で、各セクションの主張も明快。とはいえとにかく長いため、読み通すのは結構難儀ではあった。

 ひところ話題になったハンス・ロスリングらによる『ファクトフルネス』の拡大スペシャルバージョンという趣もあるのだが、とにかくディテールの物量でこちらを説得にかかるため根負けしてしまうというのがある(別に負けたってよいのだが!)。

 一方で、本書が世に出た2018年はまだ人類は新型コロナウイルス感染症パンデミックを経験しておらず、ロシアによるウクライナ侵攻も始まっていない。ある意味、とても幸福なタイミングで世に出たというか、あのころは今と比べて幾分かマシだったよな、と思えてくる。それらの出来事を踏まえても著者の主張は揺らがないだろうが、アメリカ合衆国におけるトランプの再選、本邦ではカルト政党の躍進や極右政権の誕生が排外主義の広まりを顕著に感じさせるし、本書でも進歩の妨げとして警鐘を鳴らしている政治の分断は強烈に先鋭化しているようにも思える。

 そうした出来事が一時の不幸な例外で、人類は結局進歩しているじゃないか、と後の世で振り返ることができたら本書の勝利だが、わたくしは(本書のくさす反進歩派のごとく)21世紀はじめの四半世紀は、人類がもっとも幸福であった時代、そしてその曲がり角が訪れた時代だったと回顧されるのではないかと恐れている。

 それと気になったのは、これは『ファクトフルネス』もそうだったが、原子力発電にきわめて肯定的なのよな。ポスト東日本大震災のなかで生きるわたくしにとって、それに大きな拒否反応を覚えてしまうよ。

 

 

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