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スティーブン・ピンカー『暴力の人類史』メモ

暴力の人類史 上

 

 先月末スティーブン・ピンカー、 幾島幸子・塩原通緒訳『暴力の人類史』を通勤中にちまちま読んでいて、さきほど最後まで頁を繰ったので、メモ的なやつを残しておこうと思います。

  この本の主張するところは、上下巻あわせて1300頁超のボリュームとは対照的にいたってシンプル。

信じられないような話だが、――ほとんどの人は信じないに決まっているが――長い歳月のあいだに人間の暴力は減少し、今日、私たちは人類が地上に出現して以来、最も平和な時代に暮らしているかもしれないのだ。*1

 人類史のなかで、どのようなプロセスを経て暴力が減少するに至ったのか?人類を暴力へと導いてきた、あるいはそれに抗してきた人間の心理的な機制とはなんなのか?それを、歴史上の統計と心理学的な実験とを用いて解き明かしていく。

 本書の内容は「はじめに」において端的に要約されている。

暴力を減少させてきた6つの歴史的傾向とは、以下のように要約できる。
1. 「平和化のプロセス」:紀元前5000年ごろから数千年単位、農耕社会への移行 
2. 「文明化のプロセス」:中世後半から20世紀にかけて、殺人の減少、中央集権的な統治 
3.「人道主義革命」: 17〜8世紀、専制政治や奴隷制などの暴力形態の廃止 
4. 「長い平和」:第二次世界大戦後、先進国が戦争をやめる 
5. 「新しい平和」:冷戦終結後、紛争や戦争の減少 
6. 「権利革命」:第二次世界大戦後、少数派への小規模な暴力に対する嫌悪の増大 

 

 人間の暴力を誘発する動機を著者は「5つの悪魔」と呼ぶのだが、それが以下の通り。
1. 捕食的または道具的暴力
2. ドミナンス(支配、優位性)
3. リベンジ
4. サディズム
5. イデオロギー

 それに抗して暴力を抑制する規制、「4つの善なる天使」が以下の通り。
1. 共感
2. セルフコントロール
3. 道徳感覚
4. 理性

 そして、人類の歴史のなかで、暴力を減少させていった歴史的な力が、以下の5つであると結論付ける。

1. リヴァイアサン(国家と司法制度)
2. 穏やかな通商
3. 女性化(様々な文化が女性の利益や価値を尊重するようになってきたこと)
4. コスモポリタニズム
5. 理性のエスカレーター

 

 これだけ抜き書きされてもああそうですかという感じかもですが、本書の途轍もない分厚さはこれらの一つ一つに強力な理論武装と歴史的な事象に基づく基礎づけを行っていて、そうした論拠を頁をめくってひとつひとつ確かめていく作業が、この『暴力の人類史』を読むということなのだ。だから結論を知ったからといって面白さが損なわれる類の本でも、こんなブログで魅力を十全に紹介できる本でもないので、みなさん読みましょう。

 とここで筆を置くのもちょっとあれすぎるような気がするので印象に残ったことを書き留めておきます。本書の暴力的な分厚さのなかには暴力的な情報量が内包されていて、本書に蓄積された科学の営みの膨大さにうちのめされる。ただその情報量がなければ、暴力が減少しているのだという楽観的な進歩史観とも勘違いされかねないような見立てに説得力を与えることはできなかったのだろうと思う。その膨大な先行研究の蓄積を収集し整理し、順序立てて配列し、自身の論をくみ上げていくという作業があればこそ、その分厚さにも関わらず極めて読みやすい本になっているのだと。極端なことをいえば、『暴力の人類史』には「物語」があるのだ。

 本書のなかでピンカーはこう述べる。

統計のない物語が盲目であるとすれば、物語のない統計は空疎である。*2

 この一節はまさしく本書の姿勢を言い表していると思うんだけど、その統計を用いずに「文明化のプロセス」を見通していた社会学者・歴史家もいたということが本書のなかでも触れられる。その歴史家ノルベルト・エリアスは、まだ統計が十分な使用に耐えない時代に、ピンカーが本書で進めた考察を先取りするようなかたちの議論を展開していたわけで、ピンカーの言い方を借りるなら統計のない「盲目」な物語にもある種の明察が含まれていることもある、という可能性を本書の議論は否定していないわけです。それがなんだって話ですが、何が言いたいかというとエリアスを読みたいなということです。

 まとまりが無ですが疲れたのでこの辺で筆を置くことにします。はい。

 

 

 

文明化の過程〈上〉ヨーロッパ上流階層の風俗の変遷 (叢書・ウニベルシタス)

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文明化の過程〈下〉社会の変遷/文明化の理論のための見取図 (叢書・ウニベルシタス)

文明化の過程〈下〉社会の変遷/文明化の理論のための見取図 (叢書・ウニベルシタス)

 

 

暴力の人類史 上

暴力の人類史 上

 
暴力の人類史 下

暴力の人類史 下

 

 

*1:p.11

*2:p.354