宇宙、日本、練馬

映画やアニメ、本の感想。ネタバレが含まていることがあります。

歴史のみなしごたち――『∀ガンダム』感想

∀ガンダム Blu-ray Box I

 ここ4カ月くらい、『∀ガンダム』をちまちま見ていたのですが、ようやく最終話に至りました。いやよかったです。以下感想。

  鉄の車が道を行き交いはじめ、都市はまさにその活力をいや増している時代。人がまだ、それほど簡単には空を飛んではいなかった――しかしもうじき飛び始めるであろう時代。私たちが歴史として知る、19世紀後半から20世紀前半、産業革命を経て工業化と都市化のギアが一段上がった時代とよく似た、しかしどこか異なる時代。統一的な国家機構はなく、都市国家然とした国家群が分立する北アメリア大陸――それは私たちが北アメリカ大陸とよぶものとよく似ている――には、穏やかな風が吹いているようだった。

 そこに、月から来訪者が訪れる。はるか超越した技術力をもつ月の人々は、かつて自分たちが住んでいたアメリカ大陸のサンベルト地帯に入植する計画であるという。入植者と、そこに住む人々。そのあいだに、幸福ならざる衝突が起こってきた歴史を、私たちは知る。歴史は繰り返される。地球に幾度となく吹いた争いの風が、いままさに吹き始める。

 『機動戦士ガンダム』以来、連綿と語られてきたガンダムシリーズのなかでも*1、この『∀ガンダム』はその作風において未だに他の作品とは一線を画しているように思われる。その一端が、彼らが生きる「いま・ここ」の時間の特異性にあることは論をまたない。無数の戦禍の果てに、おそらくは幾たびも文明が崩壊し歴史が忘却されたあと、再び反復として演じられる歴史のなかに、『∀ガンダム』のなかのキャラクターたちは生きることを宿命づけられている。ところどころ私たちの知るそれとは異なる点、ある種の破れともいうべきものが見出される19世紀的な風景は、その意匠によってまさにこの時間が反復された風景であること、私たちにとって過去であり同時に彼方の未来であるという両義性を帯びる。

 その過去性と未来性とが同居した時空間のなかで演じられるのは、私たちのよく知る出来事とあまりに似ている。アメリカ大陸に先進的な技術をもって侵入する「文明人」という構図は、かつてネイティブ・アメリカンの人々がはるかヨーロッパから訪れた侵略者によって住みかを簒奪された歴史を想起させるし、月の人々が「かつてそこに住んでいた(しかしそれは途方もない過去のことである)」ことを、入植の正統性の根拠としている点は、パレスチナに「帰還」して国家を樹立したユダヤ人のそれを思い起こさせる。無論、作中のキャラクターたちはネイティブアメリカンの悲劇も、パレスチナ人の苦悶も知るすべはない。

 だから彼らにとってはまさに経験される一回きりの出来事は、私たちにとっては、歴史上の出来事の反復として立ち現れる、という構造をもつ。ゆえに、画面のなかに生きるキャラクターたちは、歴史を忘却し、それを知るすべを持たない、歴史のみなしごとでも言いうる存在なのだ。

 歴史は忘却されている、しかし歴史の遺物は彼らの生きる大地に残る。その忘却された歴史と、それでもそこに在る歴史の遺物とが、『∀ガンダム』のドラマを駆動させる。忘却された歴史の遺物、それが呼び込むのは、途轍もない暴力。『∀ガンダム』は、歴史のみなしごたちが如何に世界に既に埋め込まれた圧倒的な暴力と向き合うのかを問うている。

 暴力は制御できない。暴力は、それを制御しようとする試みから、必ずそれてゆき、圧倒的な力をふるう。それが作品内を貫く一つの法則として見出される。「月から地球に持ち込まれた火薬の総量より危険な男」コレン・ナンダーは、(おそらく手引きした黒幕の期待通りではあるのだろうが)、あくまで地球側と対話を重ねようとしていたディアナ・カウンターの指揮を離れて暴走し、都市を火の海に変える。地中深くに封印されていた核兵器は、それをその威力もわからないままに利用しようとしたものたちを跡形もなく吹き飛ばす。そしてギム・ギンガナムという暴力の体現者を利用しようとしたグエン・サード・ラインフォードは、当然のことながらそれをコントロールすることはかなわない。

 物語は、ひとまず歴史の遺物のなかでも際立って危険とされる二機の偶像が、それ自身の能力の暴走のようなかたちで封印され、幕を閉じる。争いの夏が過ぎ、平穏なる黄金の秋が訪れ、そして静かなる冬に至り、また次の物語へと語られるべきことどもは手渡される。とはいえそのなかに、明らかに歴史の針を進めようとする意志が胎動してもいる。月と地球との平和的な友好関係が築かれたが、それは地球の文明が「未来」の方角へと進むことを示唆しているし、また黒歴史の遺物たちは戦争ののちも研究され続けているようだ。月の文明を摂取し文明開化・産業革命を目論んだグエン・サード・ラインフォードの野望は、彼自身においてはひとまず敗れ去った。しかし歴史のなかでは彼は、間違いなく早すぎた革命家であり、彼の望みは彼の手を離れたところで成就したともいえるのだ。

 そのようにして避けがたく、苛烈に吹く歴史の風のなかにあって生きねばならない、歴史のみなしごたち。「過去」の把持も十全には為せないままに、「未来」へと急き立てられる彼ら。そして私たちもまた「過去」と「未来」という不確かな時間のなかを生きるのであるから、反復される歴史のなかをそれと知らずに生きる歴史のみなしごではありえない、という保証はどこにもなく、ここに至って彼らはまさに私たちの似姿として立ち現れる。歴史のみなしごたちのための祈りと希望とを、私たちはこの物語のなかに見出さねばならないのだろう。

 

関連

 

 「黄金の秋」を経て、真冬の大地を疾走する物語が語られねばならなかったのは、まさしく必然と言えるのではないでしょうか。

amberfeb.hatenablog.com

 

 

∀ガンダム ― オリジナル・サウンドトラック 1

∀ガンダム ― オリジナル・サウンドトラック 1

 

 

 

 

【作品情報】

‣1999年-2000年

‣総監督:富野由悠季

‣原作:矢立肇富野由悠季

‣キャラクター原案:安田朗

‣キャラクター設定:菱沼義仁

美術監督池田繁美

‣音楽:菅野よう子

‣アニメーション制作:サンライズ

 

*1:いや、ぼくはシリーズ全部視聴しているわけではないのだけれど