この三日間、Amazonプライムビデオで『文豪ストレイドッグス』をみていました。それはなぜかといえば、現在同作品の劇場版が劇場でまさに公開されており、それが尊敬するクリエイターの目下の最新作であるから、というのがただ一つの動機であり、ゆえに僕はあまり『文豪ストレイドッグス』という作品のよい視聴者ではなく、そしてテレビ放映からしばらく経ってからその負債を一挙に生産しようとする態度は、クリエイターのファンとしてもあまり熱心なものだとはいえないでしょう。それでも、一応、感想を書いておきます。
横浜。現代風の街並み。しかし、そこは私たちの知る横浜とは異なる相貌をもつ。横浜ベイブリッジ、赤レンガ倉庫等々、私たちのよく知るランドマークの影で、人知を外れた力、「異能力」をもつ人間どもが跋扈し、抗争を繰り返していた。そして彼ら異能力者は、奇妙なことに、私たちが「文豪」として知る名を持ち、その名と結びついた異能の力を扱うのである。
文豪の名をもつ異能力者たちの抗争を描いた『文豪ストレイドッグス』は、山田風太郎から荒木飛呂彦などなど、連綿と語られ続けてきた所謂異能バトルの系譜の文脈においてみたとき、奇妙な特徴が浮かび上がる。それは、異能バトルと文豪という要素を結びつけたことにあるのではなく、またモデルとなる人物があからさまに実在するにも関わらず、それと強力に切断された時代が舞台として選び取られたことにあるのでもない。この作品の特異性は、固有名詞の奇妙な素朴さである。
異能力。武装探偵社。ポート・マフィア。組合(ギルド)。それらの響きは、いまにもそこから掘り出してきた原石であるかのように、ごつごつしていて、飾り気がない。とりわけ異彩を放つのは、異能バトルの核心ともいうべき異能の力に「異能力」という極めて素朴な名を与えたことだろう。たとえば荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』においては、人の形をとった超能力を「スタンド」と名づけ、それが傍らに立つものであるという含意を倦んだことによって、超能力という力が人の形をとるロジックを内在させた。冨樫義博『HUNTER×HUNTER』の「念」能力、堀越耕平『僕のヒーローアカデミア』の「個性」等々、異能の力はそれに相応しい名を与えられることによって、そこにその作品を律するようななにがしかの意味を宿している。
しかし、『文豪ストレイドッグス』においては異能の力は「異能力」と名指される。そしてその異能力者を取り巻く世界も、あらかじめ深みを剥奪されたかのように、素朴な名であふれている。それではなぜ、そのような名前によって、この世界は形作られなければならなかったのか。それはひとえに、この作品の核心となる問いが、極めて素朴で、ごつごつしたものだからではなかろうか。
ではその問いとは何か。それは、この物語の始まりにおいてあらわれた男、中島敦を眺めればはっきり明らかである。冒頭、孤児院から追い立てられ餓死寸前の体で私たちの前にあらわれた中島は、その後もたびたび、過剰とも思えるほどに孤児院の記憶を召喚する。「ごく潰し」と罵倒され続けてきた彼にとって、生存のために自身の有用性を示すこと(冲方丁『マルドゥック・スクランブル』風にパラフレーズするならば「有用性の証明」)が常に最大の問題として意識される。
それこそが、さしあたって見出された彼の生きる根拠なのであり、『文豪ストレイドッグス』はすなわち、中島敦が自身の生きる根拠を確かなものするためもがく物語なのである。それは「なぜ生きるのか」という極めて素朴な、人類史上飽くこともなく繰り返し反復され続けた問いをそのうちに含みこんでいる。その素朴な問いを問うために、素朴な世界こそが必要だった。
生きる根拠を探す中島の旅は、それは結局のところ、誰かに有用性を証明するのではなく、横浜の街という抽象的であると同時に確かな実在でもある場所こそが、自身の生の肯定なのだと教えられる*1ことで、ひとまずの決着をみる。自身を認めてくれる誰かが必要なのではなくて、その街に佇み、眺めること、そのことがまさしく、自身が街に必要とされること、あるいは街と自身とが重なり溶けてゆくことなのであり、生の根拠となるのだ。
このことは、極めてよく知られた作品の一挿話を思い起させる。その作品とはすなわち『新世紀エヴァンゲリオン』であり、その挿話とは「見知らぬ、天井」である。
「私達の町よ。そして、あなたが守った街」
『文豪ストレイドッグス』第2話の導入は、まさしく「見知らぬ天井」を想起させるものであり、この到達点はその意味であらかじめ予告されたものでもある、といいうる。しかし、そのように「あなたが守った街」を見出した碇シンジは、そこにやすらい続けたのではなく、その後「戦う理由」(それは「生きる理由」のパラフレーズでもある)を求め苦悩し彷徨した。
ゆえに、私たちは既に知る。中島敦の到達点は、いわばかりそめの場所にすぎず、彼は再び、「生きる理由」を求めてさまようであろうことを。素朴な異能に呪われているがゆえに、彼らはさまよう犬たちであり続ける宿命を背負うのだ。
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エヴァ新劇場版は、この「なぜ戦うのか/なぜ生きるのか」という問いを中心として物語を編成しているのでは、という気がしていて、その意味で『文豪ストレイドッグス』も、榎戸洋司というクリエイターを介して、この問いに接続しているのでは、という気がします。エヴァの場合、先行する作品からの無数の引用であるとか無数の固有名詞によって、素朴な問いの素朴さを隠蔽している、という気がしますが。
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【作品情報】
‣2015-6年
‣監督:五十嵐卓哉
‣原作:朝霧カフカ・春河35(KADOKAWA・ヤングエース掲載)
‣シリーズ構成・脚本:榎戸洋司
‣キャラクターデザイン:新井伸浩
‣美術監督:近藤由美子
‣音楽:岩崎琢
‣アニメーション制作:ボンズ