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ふつうの人のための道──『もういっぽん!』感想

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 このところ『もういっぽん!』をぼんやりみていました。以下、感想。

 柔道は中学まででおしまいにして、バラ色の高校生活を夢想する少女、園田未知。最後の大会では一本勝ちで有終の美をかざって気持ちよく引退するはずだったが、いままで戦ったことのない強敵とぶつかり、失神して敗北してしまう。彼女はまだ知らない。高校入学後、その強敵、氷浦永遠と再会し、また柔道に取り組むことになることを。

 『週刊少年チャンピオン』連載の村岡ユウによる漫画のアニメ化。アニメーション制作はタツノコプロのレーベルであるBAKKEN RECORD、監督は『すべてがFになる』に撮影監督としてクレジットされていた荻原健。主要な登場人物はほとんど女性だが、萌えキャラ的な美少女然とした造形のキャラクターは少なく、素朴だがキュート。これが20年前なら教育テレビの夕方の枠とかで放映されていても違和感のないだろう雰囲気がある。

 この『もういっぽん!』の魅力はなにより柔道という競技を誠実に描いている手触りにあって、試合のなかの駆け引きにフォーカスし、足さばきに象徴される身体の動きを丁寧に描くことで、いかにも記号的な「必殺技」に頼ることなく試合を描写している のがまずえらい。これは『ハイキュー!!』なんかもそうだけど、スポーツものを異能バトルにせずにきちんと競技にかかわる身体性と駆け引きとで手に汗握る試合を演出するのはまさしく誠実さでしょう。

 主要キャラクターふたりに「未知」と「永遠」という抽象度が高く、おそらくテーマ性を仮託できるであろう名前を与えてはいるが、このアニメで描かれる範囲ではまだこの二人のキャラクターと対比はそれほど深く掘り下げられておらず、むしろそれほど特異な才能のない(未知もそういうキャラクターではあるけれど)部員たちの奮闘ぶりが特に印象を残す。このあたりの手つきは天才だけのものではない、「ふつうの部活」としての競技のおもしろさ、味わいをより強く感じられもして、ポジティブな意味でお行儀がいいなと感じた。

 浦沢直樹による金字塔『YAWARA!』は英才教育を受けた天才の物語だが、柔道にせよほかのスポーツにせよ、ある程度のポピュラリティと競技人口をもつならばそれは絶対的に「ふつうの人」、凡才のものでもあるわけで、そういう意味でこの地に足のついた作品があるということはとてもよいことでしょう。甲子園はメディアイベントとして特権化されてはいるが、しかし野球という実践はそこかしこで営まれていて、そのこと自体を祝福するべきなのだ。

 井上俊『武道の誕生』は、嘉納治五郎の言説戦略によって、前近代の「武術」に近代的な合理性を付与することで「武道」としての柔道が生起する様を跡付けていたが、それはまさしく「ふつうの人」のための道でもあったはずで、それがこうして誠実なアニメになったことはまことによろこばしいことです。

 樋口大輔の『ホイッスル!』なんかも中盤まではそういう雰囲気があってとってもよかったことを思い出しますね。

 

あ、いま『いだてん』をちまちまみているのですが、こういう仕方で柔道が描かれることに、嘉納治五郎先生も草葉の陰でにっこりしているのではないでしょうか。