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投げ出した勝負の続き——『3月のライオン 前編・後編』感想

3月のライオン【前編】 DVD 通常版

 このところ引っ越しのためいろんなものを処分していて、読みさしになっていた羽海野チカ3月のライオン』も最新16巻まで読んで売ってしまうことにしたんですよ。それで、やっぱりこれはとんでもない漫画だと思いました。これほど魂をさらして私性をキャラクターに託せるのかよ、ということに打ちのめされます。

 その流れで原作の記憶も新しいうちにと思って未見だった実写版をみてみたんですが、多少の瑕疵はありますがなかなか誠実な実写化で、かつ脚色もいい塩梅でよかったです。羽海野チカによる、きらきらしたトーンの作品世界を、落ち着いたトーンの撮影で現実世界にぐっと寄せた判断がまずすばらしい。原作であれほど魅力にあふれていた川沿いの街は、この実写版だとくすんでありふれた街にみえたが、原作の調子を再現するとあまりに陳腐になるだろうことは容易に推察できるので、この判断はまったく正しい。しかしあのきらきらした世界を、なんとなく現実と地続きのものにしてしまう羽海野の腕力がすさまじいという話でもあるんだけど。

 そうした落ち着いたトーンから、染谷将太演じる二階堂だけ浮き上がっていてそれは大層残念でもあったのだけど、それ以外の役者はなんの文句もつけようのないキャスティングと熱演。とりわけ佐々木蔵之介演じる島田開の佇まい!もう少し島田を映している時間を短くすれば映画としてはタイトにまとまったかもしれないとも思うが、この男を長く映していたいという欲望は非常によくわかる。脇役であるはずの人物が不意に重力をもってカメラを引っ張るのは、原作のストーリーテリングがまさにそういう感じなのである意味原作リスペクトともいえるだろうし。

 この実写版の脚色で救われたのは、言うまでもなく幸田家の面々だろう。原作で未決の香子のドラマを、投げ出した勝負の記憶を読みだすことで救ってみせたその手際がお見事でした。

 そりゃ漫画がすごすぎるんで気の毒ですけど、十分に誠実な仕事ぶりだったと思います。