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「ここではない何処か」に送る手紙——『グッバイ、ドン・グリーズ!』感想

グッバイ、ドン・グリーズ! 公式ビジュアルガイド

 『グッバイ、ドン・グリーズ!』をみました。以下、感想。

 現代、日本列島。東京から少し離れているらしい、山間の田舎。夏休み。高校生の少年、ロウマは、東京の高校に進学して医師を目指す幼馴染のトトと、どうも最近日本に帰ってきたらしい小柄な少年、ドロップと、山の中に墜落してしまったらしい、全財産をはたいて買ったドローンを探しに、ささやかな冒険に出る。

 2018年に放映された『宇宙よりも遠い場所』の記憶も新しい、いしづかあつこ監督による初のオリジナル劇場長編は、『よりもい』を別の仕方で反復変奏しつつ、ちがったかたちの希望を私たちに投げ渡す快作であった。『よりもい』と共通するスタッフも少なくなく、キャラクターデザインは吉松孝博、音楽は藤澤慶昌、アニメーション制作はマッドハウス。南極という「世界の果て」を目指す壮大なロードムービーであった『よりもい』と対照的に、この『グッバイ、ドン・グリーズ!』は、田舎町の山中での2日間の宝探しという、極めてミニマルなスケールの冒険が描かれる。

 主要人物が少女から少年になり、またTVシリーズという尺のなかで周囲の大人たちのドラマも並行して描きつつ、ディティール豊かに描かれた南極への旅が大きな魅力となった『よりもい』に対して、『グッバイ、ドン・グリーズ!』ではカメラはほとんど3人のみをとらえ続け、基本的にはささやかな冒険という感触が強い。幼なじみの少年二人は、それぞれの生活世界である学校空間においてどうも居心地悪さを感じているようだが、それはドラマのなかでさほど意味をもたない。彼らがこの夏の経験を持ち帰ったことで、生活世界における葛藤が解決するような展開は禁欲されている。そうしたドラマの取捨選択のスマートさは、この映画の明確な美点でもある。三人組を演じる花江夏樹梶裕貴村瀬歩の生き生きとした呼吸は、彼らがときおりみせるある種の痛々しさすらいとおしいものに感じさせ、この映画を見事に支えている。

 小さな世界の冒険が終わり、冒険の終わった後の二人の旅が描かれる結部で、一気に飛躍をみせて世界が大きな広がりをみせるが、その大胆不敵さがこの映画の強烈な魅力だろう。彼らが海の向こうで冒険の果てに見出す奇妙な運命は、手紙は必ず宛先に届くのだとわたしたちに教えているようにも思える。ささやかな旅と、そして友人との別れを経た彼らは、明確に生き方を変えている。それをこの映画は言葉では説明しない。しかし彼らの身だしなみと行動とを映して、軽やかに伝えてしまう。

 我々がなにかをすることは、きっと何がしかの意味を生み出す、生み出してしまうはずなのだ。そしてそれは「ここではない何処か」に向けて手紙を送るように、思いもしない幸運をもたらすかもしれないのだ。「ここではない何処か」をなんとなく欲望するわたしたちの背中を力強く押してみせること。それはまさしく『宇宙よりも遠い場所』の精神性そのものだろうし、それを違う仕方で描いてみせたこの作家のことを、わたくしたちは信頼してよいのだろうと思う。

 

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