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みなしごと運命——『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』感想

スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース (オリジナル・サウンドトラック)

 『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』をみました。偉大な発明を成し遂げた前作を超えるテンションの快作です。すげえよ。以下、感想。

 『スパイダーマン:スパイダーバース』で並行世界のスパイダーマンたちと協力し、世界の危機を救ったスパイダーマン=マイルス・モラレス。「親愛なる隣人」としてブルックリンで人助けに奔走する傍ら、せわしく学生生活を送っていた彼だったが、秘密を抱える彼と両親とのあいだには、ギクシャクした雰囲気が生まれつつあった。そんなおり、二度と会えないと思っていた並行世界のスパイダーウーマン=グウェン・ステイシーが突如彼の前に姿をあらわす。無数の並行世界から集う無数のスパイダーマン=スパイダーピープルたちと協力して多元宇宙の危機を救っているという彼女だったが、どうもマイルスになにか隠し事をしているようだった。彼女に導かれるように別の宇宙へと身を投じたマイルスは、そこで恐るべき運命と対峙することになる。

 『スパイダーマン:スパイダーバース』(『イントゥ・ザ・スパイダーバース』)の続編にして、完結編『ビヨンド・ザ・スパイダーバース』へ続く三部作の第2作目は、前作でみせた軽快無比のテンポと恐るべき情報密度の画面とをさらにブラッシュアップさせ、こちらの期待をはるか上回る快作になっている。『長靴をはいた猫と9つの命』や今度公開される『ミュータントタートルズ』など、『スパイダーバース』フォロワーとおぼしきアニメーションが散見されるようになった昨今の状況に、前作の発明がいかに偉大であったか思い知らされるところではあるが、レゴ調から実写まで、幅広い描画法を画面に取り込んで、しかしひとつの作品世界を形成してみせる手つきの自在感は唯一無二でしょう。このルックの画面がどのようにかたちづくられているか到底想像できないほどの密度とバリエーションは、この『アクロス』でさらに進化を遂げている。

 メインのヴィランとして設定されているスポット=ジョナサン・オーンは、空間にワームホールを生成して飛び回りスパイダーマンチェイスを繰り広げるが、このアクションは見事な発明というほかなく、前作でみせたスパイダーマンの高速移動がより画面に映え、縦横無尽に都市を駆けていく姿はそれだけで快がうまれる。そしてスパイダーマンvsスパイダーマンの追いかけっこもまさにその快を未来都市で反復するような調子になっている。近年も少なくない映画で描かれてきたスパイダーマンにあって、ここまでこの飛翔の快楽を感じさせるアクションシークエンスは存在しなかったといっていいだろう。

 そのチェイスの最中にマイルスをはじめとするスパイダーマンたちは軽口をたたき続けるので、アクションシークエンスでドラマが停滞しているという感じはまるでなく、それがこの作品の異様な情報密度の基礎の一つになっている。わたくしは吹替版でみたのだけれど、それは正解だったなと感じるのはこのアクションシークエンスのしゃべりにある。前作に引き続き、小野賢章悠木碧、そして宮野真守は手堅い仕事ぶりだが、『アクロス』から登場のスパイダー・パンク演じる木村昴のはまりっぷりはとりわけお見事でした。

 さて、物語の中核的なモチーフは「運命への抵抗」とでも要約できるだろう。「スパイダーマンであるならば身近な人の死という運命を引き受けねばならない」という格率を内面化したスパイダーピープルたちと、それを受け入れることを拒み、身近な人を含むすべての人を救おうとするマイルスの葛藤がドラマをかたちづくる。これは実写映画でスパイダーマンが何度も何度もその受難を経験させられてきた(トム・ホランドスパイダーマンですらそうした悲劇から自由ではありえなかった)ことを、わたくしたちが知るからこそその重みが十分に伝わるというもの。

 並行世界の無数のスパイダーマンの物語が、現実におけるさまざまな映画作品と共鳴し、多元宇宙に内実を与えているこの仕掛けは流石で、そうした仕掛けをとりながら悲劇の反復によってスパイダーマンのヒーロー性に確たる基盤を与えた『ノー・ウェイ・ホーム』に真っ向から勝負を挑むような構図になっている(おそらく「図らずも」そうなったんだろうが)こともおもしろい。

 積み重ねられた歴史、それによってかたちづくられた運命と対峙するという構図は、なんだか『エヴァンゲリオン新劇場版』を想起させるというか、わたくしなどはむしろこの『アクロス』をみて『エヴァンゲリオン新劇場版』がそのような語りの仕方を持ちえたのかも、ということに気づかされたという気がする。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』で少年は少女の救済のために「世界が終わってもいい」と叫んだが、その「世界の終わり」を十全には想像できなかった。しかしマイルス・モラレスは、多元宇宙の一つにあいた大穴をみて、「世界の終わり」を突き付けられた。それでも彼は愛する人を救いたいと願う。「本来存在しないはずのスパイダーマン」であるという、多元宇宙の孤児のごとき彼の物語が、ありえたかもしれない『シン・エヴァンゲリオン』、あるいはまったく新しいフィクションの可能性をみせてくれることを強く期待します。

 

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