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宇宙、日本、練馬

映画やアニメ、本の感想。ネタバレが含まていることがあります。

戦う理由――『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』感想

ヱヴァンゲリヲン新劇場版 : 序 アニメーション原画集 (書籍)

 

 『シン・ゴジラ』をみて以来見返そうと思っていた『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』をようやく見返せたので感想を書き留めておこうと思います。

  真っ赤に染まった海。破壊された街。そして来るは異形の怪物。そんななか、父親から呼び出しを受けた碇シンジ第三新東京市に向かっていた。その時の彼には知る由もなかった。自分を待ち受ける過酷な運命のことを。

 世紀末、汎用ヒト型決戦兵器・人造人間「エヴァンゲリオン」に乗り込む少年少女と、彼らの周囲の大人たちが、第三新東京市に襲い来る使徒と戦うロボットアニメとしてスタートし、戦いのなかでやがて精神を荒廃させてしまった少年少女の内面世界に沈降しつつ、最終的には世界の破局と再生とまでを描き切った『新世紀エヴァンゲリオン』を、21世紀に再構築して語りなおさんとする『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』。  

 その始まりを告げる『序』においては、テレビシリーズ第六話「決戦、第3新東京市」まで、すなわち物語の始まりから、ヤシマ作戦までが描かれるわけだが、のちの『破』・『Q』と比べるとテレビシリーズの物語の筋と雰囲気とを濃厚に残している。だからぼくは『破』・『Q』と比べてこの『序』はそんなに見返したりしてないんですが、久しぶりに見てみたらやはり面白くて、『シン・ゴジラ』のおかげとも思うんですが、今になって見えてくるものも少なくなかった、という気がする。

 この『序』は、碇シンジエヴァンゲリオンに乗ることを選び取る、そういう物語だといえる。父親にいきなり呼びつけられたかと思えば、それは使徒に対抗するために創られた兵器に自分を乗せるためだった。乗ることを躊躇するも、自分が乗って戦わなければ傷ついた少女、綾波レイが代わりに乗って戦うことになる、という事実によって、シンジは消極的にエヴァンゲリオンに乗り込むことを選ぶが、そこで彼ははっきり死を意識する。その死への接近はその後2度反復されることになり、それでも周囲の大人は「エヴァに乗れ」と彼にいう。そんなシンジを説得するために、葛城ミサトは自分たちもまた、命を賭して戦っているのだということを告げる。

 テレビシリーズをおおむね踏襲しつつも、設定の面で大きく違っている点がある、というのはもう僕が書くまでもなく無数の人によって指摘されているわけですが、ここでの展開の変更とそれに伴う設定の変更とは、『序』において大きな意味をもつ。これによって、シンジの戦いは、「安全な場所にいる大人たちの命令によって死地に赴く」という雰囲気から「死を賭して戦う大人たちとともに自分も戦う」ものへと意味が変容する。設定の変更によって、シンジの戦いに、身近な大人たちとの関係のなかでの意味が与えられたというか、これによってある種の仕事という色を帯びた、という気がする。

 ここで『シン・ゴジラ』のことが連想されたのですが、『シン・ゴジラ』において死地に赴く人々は、そこに葛藤や躊躇いがあるのかもしれないしおそらくあるのだろうが、それは語られないし語られる必要もない。「礼はいりません、仕事ですから」というセリフに端的に示されるように、彼らの葛藤を描かないのは、それが彼らが選んだ仕事だからだ。みんなそれぞれ仕事をこなす、ゆえに自分も仕事をこなす。そこにお涙頂戴が介在する余地はない。

 たぶん『序』のシンジの戦いはそういう様相を帯びていて、だからヤシマ作戦の描写は、それにむけて準備を行う無数の人々の様子を捉えることに大きな時間が割かれる。シンジもまた、無数の人々の一人として、死を賭した戦いへと向かう。それでもなぜ最も重要で、そして危険でもある場所に14歳の少年が立たされるのか、ということについては、説明はされないし、それは説明などできようははない。

「理由はないわ。ただ運命があなただったってだけ」

 だから、いくらほかに死を賭して戦う無数の人々がいたところで、「なぜ」という問いは宙づりのまま残される。それを解決して、再び彼が戦う理由を見つけ出すには、「仕事」というパブリックな意味づけではなくて、おそらくもっとパーソナルな意味づけが必要なのだ。ほかでもないこの自分が戦う理由、それを説明できる根拠こそが。

 そのようにして「なぜエヴァに乗るのか」という問いを再び突き付けられ、そして再びエヴァンゲリオンに乗ることを、『序』とは別様の理由においいて選ぶまでの物語が『破』である。そのクライマックスでこの自分こそが、自分のため、彼女を救いたいというただ自分の意志のためだけに戦うのだ、ということにある。それによって、「運命」すら変えてみせたことに『破』の爽快感はあると思うのだけれど、そのようにして自分のために戦ったことがどんな結果を招いたか、『Q』を知っている私たちは既に知っているわけで、「仕事」のために戦う空虚も、「自分」のために戦うことの危うさすら突き付けられ、もうこれはどうしたらいいんだろうか、なんてことを思ったりしました。

 何が言いたいかというと、僕は『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』がとても楽しみだということです、はい。

 

関連

『破』感想。

だいぶ前に書いた感想。

 


 

 

 

【作品情報】

‣2007年

‣監督:庵野秀明(総監督)、摩砂雪鶴巻和哉

‣原作:庵野秀明

‣脚本:庵野秀明

‣キャラクターデザイン:貞本義行

総作画監督:鈴木俊二

作画監督松原秀典黄瀬和哉プロダクションI.G)、奥田淳もりやまゆうじ貞本義行

‣音楽:鷺巣詩郎

‣アニメーション制作:スタジオカラー

‣出演

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