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逃げよ、生きよ────『ゴジラ-1.0』感想

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 『ゴジラ-1.0』、おもしろくみさせていただきました。以下、感想。

 1945年、アジア太平洋戦争末期。特攻のために飛び立つも、機体の不調を訴えて、整備のため小笠原諸島大戸島へと着陸した敷島。模擬空戦では優秀な成績を残しながらも死におびえていた彼は、その夜、島で恐るべき怪物に遭遇する。島の住民が「ゴジラ」とよぶ、巨大な恐竜のような化け物。整備兵たちを殺戮するそれを前に、敷島は零戦の機銃の引き金を弾くことができず、唯一生きのこった整備兵、橘の恨みを買う。

 戦後、焼け跡の家に転がり込んできた少女とともに暮らし、危険な機雷掃海の仕事に就いて日々を過ごす敷島は、太平洋上で化け物がアメリカ軍の艦船を蹂躙していることを知る。その化け物、ゴジラは、いままさに東京を目指していた…。

 『ALWAYS 三丁目の夕日』などをてがける山崎貴監督による『ゴジラ』シリーズ最新作は、戦後直後の日本を舞台に、恐るべき怪物に抗う人々の戦いを描く。ゴジラ対ほかの怪獣ではなく、ゴジラ対人間の構図をとっていて、それをやるなら当然意識されるだろう、樋口真嗣庵野秀明による『シン・ゴジラ』の文脈を引き受け、いわばポスト『シン・ゴジラ』としてのゴジラ作品たろうとする気概に満ちている。

 朝鮮戦争前夜の米ソ関係の緊張の高まりを背景にアメリカ軍の介入はなく、また自衛隊も発足以前だから国家を挙げての軍事力の行使もできないなか、旧海軍の軍人たちを中心とする民間の有志が、武装解除された軍艦によってゴジラに対抗しようとする展開は、「ニッポン対ゴジラ」という構図で、国家という巨大組織の運動によってゴジラとの戦いを描いた『シン・ゴジラ』と対照的。人間個人のドラマの存在感は希薄だった同作に対して、『ゴジラ-1.0』は逃げ続けてきた元特攻兵の葛藤にフォーカスする。神木隆之介演じる敷島が苦悩するさまはどこか『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジみたいな雰囲気もあり、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を経てそういう文脈が流れ込んでいるのかもしれない。

 苦悶しながらも捨て鉢になりきれない神木隆之介の佇まいは印象的だが、一方でともに機雷掃海に従事し、のちにはゴジラ対抗の要にもなる吉岡秀隆佐々木蔵之介らのキャラクターは類型的で平板。とくに元軍人らしく豪快な海の男という感じの佐々木蔵之介演じる秋津は、ちょっと恥ずかしくなる感じのテンプレ感があり、佐々木蔵之介という役者の力量を思えば、こんな役などやってほしくないとも思うのだが、しかし山崎貴にとっては現実の人間などこの程度の類型的で陳腐なものにすぎないという思想の一貫性をここにみてとることができるような気もする。

 そのようなキャラクターたちによって演じられるドラマの陳腐なセンチメンタリズムには辟易するところは少なからずあるし、また一般市民を主役にしていながら主要人物以外の一般市民の存在感が驚くほど希薄で、ゴジラがもたらすであろう恐怖、その伝播がほとんど描かれていないため作品世界で生じている事態が異様にミニマルに感じられたりするきらいがあったりはするものの、冒頭いきなり人間を蹂躙し、そして東京上陸後、銀座を破壊するゴジラの姿には胸躍らされた。

 そしてなにより、『シン・ゴジラ』とはまったくちがう仕方で、ゴジラを倒してみせたこと、それがすばらしい。同作ではゴジラ迎撃は陸上で行われたが、公開時、しばしば「なぜ海上で叩かないのか」という批判が散見されたように思う。もしかして、山崎貴もそうした批判を胸中にいだいた一人だったかもしれないと思わせるような、海を舞台にし、かつ海でしか成立しえないやり方でゴジラと対抗し、なおかつ元特攻兵の敷島の活躍の場も用意するという、作劇として文句ないすばらしい筋書きだったと思う。

 絵面として、そして暗喩の次元でわたしたちの近代、そして日常の営為そのものが暗喩的にゴジラへの対抗軸となる『シン・ゴジラ』の快には及ばないものの、緻密にモデリングされた旧海軍の艦船が躍動する『ゴジラ-1.0』のそれも十二分におもしろいシークエンスに仕上がっていた。徹底的に「逃げる」ことを肯定してみせた(立ち向かうにせよ最後にコクピットから逃げることを躊躇わなかった)敷島のドラマは『新世紀エヴァンゲリオン』への山崎貴のアンサーなのかもしれず、『シン・ゴジラ』のようにゴジラの歴史のターニングポイントとなるようなエポックな作品ではないのだけれど、きちんとした佇まいの映画がこうしてつくられたことを、嬉しく思います。

 

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ミリタリーに疎いわたくしも『艦これ』のおかげで「『艦これ』でみた!」と興奮することができました。よかったね。