『ヘイトフル・エイト』をみました。『ジャンゴ』に引き続き西部劇かよ!とかちょっと思ってたんですが、時代と登場人物は西部劇チックだけれども密室サスペンスという感じで、その意味でのマンネリ感みたいなものはなく。日本版予告編の「密室サスペンス」推しはブラフではないのかと疑っていたのですが、割に正直な予告だったので疑った自分を反省しております。以下感想。ネタバレが含まれます*1。
再演される南北戦争
アメリカ合衆国ワイオミング州。南北戦争後。冬、おそらくクリスマスの前。猛吹雪に追われ、道を行く馬車。その行く手を塞ぐ男と死体。そのようにして獲物を街へと運ぶ賞金稼ぎと賞金稼ぎが出会い、物語が幕を開ける。道を塞いだ黒人賞金稼ぎマーキス・ウォーレンが運ぶのは死体だが、馬車を貸し切りにした”首吊り人”ジョン・ルースが運ぶのは、未だ死なざる一人の女、1万ドルの賞金首デイジー・ドメルグ。途中自称保安官を渋々救い、男三人女一人を乗せた馬車は吹雪から逃れるため「ミニーの店」に。しかし店主のミニーは不在。そこにいたのは素性も知れぬ4人の男たち。ただならぬ雰囲気を嗅ぎ付けた歴戦の賞金稼ぎ、ジョン・ルースの勘は告げる。この中に、デイジー・ドメルグの内通者が潜んでいるに違いない、と。
吹雪によって閉ざされたロッジを舞台にして、いるかどうかもわからない犯人捜しが始まり、ジョン・ルースの高圧的な言動行動によって密室に異様な緊迫感が漂いだす。それに拍車をかけるのが、北部対南部、あるいは白人対黒人の対立。南北戦争の記憶も生々しい時代を舞台としているがゆえに、そして少なからざる密室内の人々もそれに関わっているがゆえに、密室内では南北戦争の再演かとも思える状況が作り上げられる。そしてそれは、黒人を大量虐殺した元南軍の老将軍、サンデイ・スミザーズと、南軍の兵士を焼き殺し、味方の白人すらもその巻き添えにして生き延びたのではないかと疑いをかけられ騎兵隊を追われた賞金稼ぎ、マーキス・ウォーレンとの、個人的な確執を秘めた戦争として具現する。
息子を弔いに向かっているという老人を、マーキスがまさにその息子を釣り餌にして挑発しはじめる一連のシークエンスは、流石タランティーノというべき緊張感溢れる会話劇。マーキスの語るグロテスクな物語は、吹雪の山荘という寒々しい空間とシンクロして老人だけでなく観客の背筋も凍らせるんじゃないかというくらい異様な迫力がある。その迫力を裏付けるのはマーキス・ウォーレンという男の圧倒的な強さで、挑発して銃を抜かせてそのうえであっさりと返り討ちにする、という一連のたくらみの手際の良さはほれぼれする。
挑発といえば『ジャンゴ』でも策謀を見破って狂喜する農場主、レオナルド・ディカプリオ演じるカルビン・キャンディがキング・シュルツを煽った末ぶち殺されるシークエンスなんかを想起するんですが、マーキスという男はカルビン・キャンディの煽りスキルに加えて物理的な強さまで兼ね備えているので手が付けられない。ジャンゴのその後、として見立てられなくもないようなキャラなのにその宿敵のスピリットを継承しているというのが皮肉が効いてんなーなんて思ったり。キャンディの腹心の執事役だったサミュエル・L・ジャクソンが配役されてるあたりもジャンゴとキャンディの両者の流れを汲んでる感も。
忌まわしき奴らと白い地獄
ドメルグの内通者探しとは関係ない南北戦争が繰り広げられ、それに気を取られているあいだに、ドメルグの内通者の密かなたくらみが進行しているなんてことは、ロッジの人々の大半にとってもおそらく観客にとっても意識の外。圧倒的な緊張感で展開されるマーキスの戦争すら、あくまで犯罪を隠蔽するためのカーテンにすぎないあたりなんちゅー贅沢さなんだと。
その後は南北戦争の背後で毒を仕込んだ奴らを探してマーキス・ウォーレンが暴力を発動したりなんなりして、結局は瀕死となった北軍と南軍、あるいは白人と黒人とが和解?とまでいかずとも協力し、ジョン・ルースの遺志を継ぎ悪人を縛り首にして物語は幕を閉じることになる。
その最後に成敗される悪人、デイジー・ドメルグの存在感は全編を通して半端ではなく、囚われの身にも関わらず賞金稼ぎどもを躊躇いなく挑発し、殴打され血塗れになり歯すら折られながらも不敵な表情が消えることはない。結局最期の時まで彼女はほとんど不自由で、暴力に頼れないにも関わらず、巧みな話術で場を支配しさえする。論理的には彼女の要求を飲むことに理はないはずなのに(彼女の言うようにギャング15人が押し寄せたら彼女と敵対していた人間をどう考えても見逃すはずはない)、もしかして彼女に従うほうが良いのでは?と思わせるあたりさすがの演技と演出というべきか。ハッタリと脅しを武器に戦う試みがすんでのところで果たされず、女が遂に暴力に頼ろうとしたまさにその時に、彼女の運命は決するのだけれども。
適当に抽象化して図式的に整理すると、『ヘイトフル・エイト』は、対立していた北軍と南軍、あるいは白人と黒人が、瀕死になりながらも(瀕死になっていたからこそ?)協力して共通の敵をぶち殺す映画である、といえるのかも。南北戦争で南軍を打ち破った北軍も、不意打ちで瀕死の重傷を負い、南部の助けがなければどうしようもない状態に陥る。瀕死とはいえど北軍は、不意打ちしてきたギャングを容易にぶっ殺すほどの暴力は備えているのだけれど。
悪党をぶちのめしても、暴力と謀略を頼みにしてきた奴らには最早生きる余地は残されていない。過去ないし現在において無辜の人々をぶち殺してきた忌まわしき八人が白い地獄で屍となる、そんな結末に無情なヒューマニズムという形容矛盾としかいいようのない感覚を覚えたりしたのでした。
『ヘイトフル・エイト』なのにロッジにいるの9人じゃん!どうなってんだよ!とか思ってたんですが、ある種のヒントだったんですねこれ。馬車に「乗客として」乗ってきた忌まわしい奴らが"Hateful Eight"ってことなんでしょうか。 公式サイトにもしっかり8人しか登場人物が載っていないあたり、気が利いているなーなんて思いました。
モリコーネのスコアが流れ雄大な雪原と雪に半ば埋もれるキリスト像が長々写されるオープニングのフェティッシュさが非常に印象的でした。
タランティーノのフィルモグラフィのなかでは『レザボア・ドッグス』と似た感覚をおぼえました。
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【作品情報】
‣2015年/アメリカ
‣監督:クエンティン・タランティーノ
‣脚本:クエンティン・タランティーノ
‣美術監督:種田洋平
‣出演
- マーキス・ウォーレン:サミュエル・L・ジャクソン
- ジョン・ルース:カート・ラッセル
- デイジー・ドメルグ:ジェニファー・ジェイソン・リー
- クリス・マニックス:ウォルトン・ゴギンズ
- ボブ:デミアン・ビチル
- オズワルド・モブレー:ティム・ロス
- ジョー・ゲージ:マイケル・マドセン
- サンディ・スミザーズ:ブルース・ダーン
- チャニング・テイタム
- ジェームズ・パークス
- デイナ・グーリエ
- ゾーイ・ベル
- リー・ホースリー
- ジーン・ジョーンズ
- キース・ジェファーソン
- クレイグ・スターク
- ベリンダ・オウィーノ
*1:既にある意味ネタバレしてるわけですが...