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苦悶するゾンビ、哄笑する吸血鬼――『新感染 ファイナル・エクスプレス』感想

新感染 ファイナル・エクスプレス (竹書房文庫)

 『新感染 ファイナル・エクスプレス』をみました。評判に違わぬおもしろさで大変良かったです。以下感想。

  ソウル発釜山行きのKTX。それはありふれた道程になるはずだった。狂暴化した感染者の群れが国を覆いつくしてさえいなければ。列車は走る、人々を乗せて、同時に感染者も乗せて。狭い車内に顕現した地獄に、人間はいかに立ち向かうのか。

 高速で南へとひた走る列車内を舞台にゾンビとの戦いと逃走劇とを描いた『新感染 ファイナル・エクスプレス』は、ゾンビ映画に期待されるもの、恐怖や絶望、猜疑心、そしてそれらと戦う勇気、そういうエッセンスは組み込み、しかも作劇もまさに高速鉄道の如くノンストップで危機の連続に登場人物たちを叩き込み、最小限のインターバルでクライマックスまで走り続け息つく暇もない。

 その意味で極めて完成されたエンタメ映画なのだが、なおかつ、そうしたジャンル映画のフレームに巧みに現代韓国の社会的な状況を挿入し、すぐれて現代的な、まさにいま語られる物語をおそらくは語っているのだろうなと感じさせる映画である。冒頭から口蹄疫被害の記憶をちらつかせ、そしておそらく、列車内部で起こる出来事、とりわけ他者を押しのけて生き残ろうと足掻く所作は、セウォル号事件のありさまを想起せずにはいられない。

 僕は韓国国内の事情に通じているわけではもちろんないのだけれど、あの事件が韓国に住む人々に与えた衝撃の大きさは、報道からなんとなく推察できる。だから作中のゾンビ――作中ではそう呼称はされないのだが――は、苦悶する犠牲者の影をまとっているように思われる。僕は韓国内の事情と同じくらいゾンビ映画についても不勉強なので素朴な印象論にすぎないのだが、ゾンビは人びとを「閉じ込める」側のモンスターとして立ち現れているように思う。ドーン・オブ・ザ・デッドでショッピングモールを包囲するゾンビの群れなどを想起するならば。しかしこの『新感染』のゾンビは、もちろん人びとを「閉じ込める」存在であると同時に、「閉じ込められる」存在としても立ち現れている。それを象徴するのが列車内にすしずめにされたゾンビが車窓にべったりと貼りついているさまを列車の外から眺めるカットで、そうしたカットの反復が、ゾンビを恐るべきモンスターであると同時に苦悶する犠牲者的なイメージを付与しているように思う。

 そうした犠牲者たちを間接的に生み出したのが、幼い娘を連れて逃げる男、本作の主人公であることが、終盤になって明かされる。平気で娘以外の他者を見捨てて生きのころうとする男の振る舞いは、作中で揶揄されるファンドマネージャーのイメージ通り、「生き血をすする」ような有様なわけだが、危機の連続が彼を否応なしに変容させ、周囲の人々のために行動するようになっていく。そうした彼のポジティブな変化に水を差すかの如く告げられる真実。ファンド・マネージャーとして感染の原因となる企業を助けたことが破局を導いたのではないかという可能性。このことが、単に利己的な男の成長物語というある種の英雄譚を否認し、むしろ絶対に取り返しのつかない過ちを贖罪する物語へと全体の枠組みが読み替えられていく。

 ファンドマネージャーの男と対になるのが、バス会社の役員を名乗る横柄な男なわけだが、危機に際して利他的な行動をとることによって生き延びることを選んだ主人公に対して、その男は徹底して利己的であることで生き延びようともがく。利己的な振る舞いが死に直結する、そうした法則に貫かれているように感じられる作品世界のなかで、主人公以外では彼だけがその法則の埒外に置かれている。彼が生き延びることができるのは、もしくは主人公が「生き血をすする」ファンドマネージャーであるのは、そうした有様こそがいま・ここの悪の究極の象徴だからだろう。究極の象徴であるがゆえに、彼は物語が終わるまで退場を許されないのだ。

 そうした生き血をすする悪、というイメージは、おそらく現代韓国の状況が生み出したもの、セウォル号事件の残響なのだろうと思うのだが、それだけにとどまらず、よりひろく普遍的なものでもある。生き血をすすってでも生き延びようとする態度によって自らの破滅を招く乗客の態度は、他者に対する不寛容さを戒める寓話的、説話的機能を果たしてもいて、そのように普遍的な寓話が作品に託されているのは、ひとえにゾンビ映画のもつポテンシャルでもあるのだろう。特殊と普遍とが見事に調和したこの映画は、紛れもない傑作だと思います。

 

関連

 韓国版シン・ゴジラ、という評を耳にしたのだけれど、それぞれの国で語られるべき物語を語ってみせよう、という(僕が勝手に感じた)問題意識は両作に通底しているのかなという気がする。それをジャンル映画のフレームのなかに落とし込むというメソッドも含めて。とはいえ、怪獣映画、ゾンビ映画というジャンルの違いによって、『シン・ゴジラ』はよりドメスティックな、『新感染』はより開かれたイメージを伴っている、という気がする。もちろんどちらが優れている、という話ではないですが。

amberfeb.hatenablog.com

 

 

新感染 ファイナル・エクスプレス (竹書房文庫)

新感染 ファイナル・エクスプレス (竹書房文庫)

 

 

【作品情報】

‣2016年/韓国

‣監督:ヨン・サンホ

‣出演

  • ソグ - コン・ユ(中村悠一
  • スアン - キム・スアン (松藤百香
  • ソンギョン - チョン・ユミ(坂本真綾
  • サンファ - マ・ドンソク(小山力也
  • ヨングク - チェ・ウシク(前野智昭
  • ジニ - アン・ソヒ(喜多村英梨
  • ヨンソク - キム・ウィソン(内田直哉
  • ジョンギル - パク・ミョンシン
  • インギル - イェ・スジョン
  • 乗務員 - (家中宏
  • ホームレス - チェ・グイファ(宮内敦士
  • 感染者の女 - シム・ウンギョン(川澄綾子
  • 運転士 - チョン・ソギョン(飛田展男