『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(原題:Darkest Hour)をみました。以下感想。
1940年。ドイツにあらわれた独裁者が、欧州をその手に収めつつあった頃。イギリスによって主導された対独宥和政策は、最早その失敗は明らかなように思われた。そのイギリス国家存亡の危機、あるいは自由と民主主義の危機に際して、野党の協力を取り付けるために首相に抜擢されたのは、かつての第一次世界大戦ガリポリの戦いで多数の死者を出した責任者と目され、また保守党内でも過去の造反から後ろ指をさされる老政治家、ウィンストン・チャーチルだった。彼はドイツに対して強硬な徹底抗戦を主張するが、未だ宥和派の勢力は根強く、閣僚のあいだでも意見はまとまらずにいた。
この老首相を主役に、首相就任からイギリスにおける宥和派を無力化するまでのおおよそ一カ月を描く。チャーチルが邦題通り「世界を救った」かどうかはおおいに疑問であるわけだが、映画の内容はそのような大風呂敷を広げることなく、極めてタイトな印象。野党の攻撃のまえに退陣してなお、党への影響力を発揮して宥和政策を推進しようとする前首相ネヴィル・チェンバレン、チェンバレンの後任と目されたが辞退したハリファックス伯爵、おもにこの二人との闘いが、映画のなかで描かれる。
原題によって予告されているように、カメラは暗い、陰影を帯びた空間を切り取っている。国会議事堂、チャーチル邸、バッキンガム宮殿、そして作戦司令室。いずれの舞台も揃いも揃って底抜けの明るさとは無縁であり、昼間であろうがある種の闇がそこに漂う。この闇のまとわりついた空間群の美しさがこの映画の大きな魅力ではないか、という気がして、それは時として主演のゲイリー・オールドマンの迫力すら凌駕する存在感を放つ。
そしてラスト、なにか現代の戯画のごときポピュリズム的な光景によってその力を担保された老首相が、国家=世界の祝福の隠喩である喝さいを背に受け、国会議事堂をあとにするカットをもって、この映画は幕を閉じる。その議事堂の扉が閉ざされ、スクリーンに映し出される暗闇。その真の闇こそ、これからこの老首相と、彼を支持したものたちが真に立ち向かう運命にあるものだと、彼らのはるか未来を生きる私たちは知る。スクリーンに立ち込めていたうす暗闇は、この未来の暗示なのであり、その暗闇の予感を通して、真の敵たる戦禍を語らないという仕方で語ってみせたこの映画のタイトルは、やはり”Darkest Hour”こそふさわしい。
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【作品情報】
‣2017年/イギリス
‣監督:ジョー・ライト
‣脚本: アンソニー・マクカーテン
‣出演
- ウィンストン・チャーチル - ゲイリー・オールドマン
- クレメンティーン・チャーチル - クリスティン・スコット・トーマス
- エリザベス・ネル - リリー・ジェームズ
- ジョージ6世 - ベン・メンデルソーン
- ハリファックス伯爵 - スティーヴン・ディレイン
- ネヴィル・チェンバレン - ロナルド・ピックアップ
- サイモン子爵 - ニコラス・ジョーンズ
- アンソニー・イーデン - サミュエル・ウェスト
- クレメント・アトリー - デヴィッド・ショフィールド
- ヘイスティングス・イスメイ - リチャード・ラムスデン
- エドムンド・アイアンサイド - マルコルム・ストッリー
- アーサー・グリーンウッド - ヒルトン・マクライ
- ヒュー・ダウディング - アドリアン・ラウリンズ
- バートラム・ラムゼー - デヴィッド・バンバー
- フランクリン・ルーズベルト - デヴィッド・ストラザーン