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いま・ここと未来のイメージ『イヴの時間』感想

イヴの時間 劇場版

 昨日公開された『アイの歌声を聴かせて』が大層よかったので、吉浦康裕監督の出世作である『イヴの時間』を久方ぶりに再見しました。以下、感想。『アイの歌声を聴かせて』の内容に触れています。

 未来、たぶん日本。“ロボット”が実用化されて久しく、人間型ロボット(アンドロイド)が実用化されて間もない時代。自宅で家事を行うアンドロイド、サミィに不審な行動履歴が残っていることに気付いた高校生、リクオは、それをたどって喫茶店、「イヴの時間」に辿り着く。そこは、「人間とロボットを区別しない」ことをルールとする、奇妙な場所だった。

 2008年からウェブで公開され、のちにそれらをまとめて劇場版も制作された、吉浦康裕の名を一気に広めた作品。15分ほどの短編6編で構成されていて、いずれも基本的に喫茶店、「イヴの時間」という限定された空間のなかでドラマが進行する。その後も吉浦の仕事にかかわることになる茶山隆介のスマートかつキュートなキャラクターデザインは魅力的。手持ちカメラ風の手振れや、3DCGを利用した自在なアングルが随所に挿入され、照明の高級感があってルックはいまなお古びていない。

 人間そっくりのロボットというモチーフは、最新作の『アイの歌声を聴かせて』とも共通するし、AIが人間の意図を超えて(ときに人間のあずかり知らぬところで)善をなそうとするという展開も反復されている。とはいえ、基本的にスタンドアロンっぽい『イヴの時間』のアンドロイドと、ネットワークと常時接続し家電製品などと自在にシンクロする『アイの歌声を聴かせて』のシオンでは、その設計思想というか、ロボットとしてのありようはずいぶん違うなとも感じた。

 このあたりは、アンドロイドが都市を闊歩する『イヴの時間』と、AIスピーカーが家電を制御しているがアンドロイドはまだ公には存在しない『アイの歌声を聴かせて』の時代設定の差という以上に、2008年と2021年とで、我々のロボットやAIに対するイメージが大きく変容したことが影響しているだろう。冒頭、昔懐かしき折り畳み式のガラパゴスケータイでアンドロイドの行動履歴を確認しているリクオの姿は、まさしく時代の刻印。2009年に放映された『東のエデン』にも携帯電話が超重要ガジェットとして登場したが、このあたりの時期はガラケー晩期だったのだなと今さらながら感じる次第。SF的想像力がいかに私たちのいま・ここに規定されているか、というのを思い知らされる。無論それがこの作品の価値を下げるということはないのだけれど。

 ロボットと人間という古典的な主題を取り上げつつ、『イヴの時間』では連作短編ミステリ的な密室劇を語り、そしていま、『アイの歌声を聴かせて』では密室をはるか飛び出し、ディズニーまで引用して楽しい映画をつくってみせた吉浦康裕は、もはや『イヴの時間』の直接の続編をつくるということもないのだろうという気はするけれど、またつねに新しい物語を紡いでくれることに、今から強く期待しています。

 

イヴの時間』、いまならプライムビデオでみられるようですので、未見の人はぜひみてね。『アイの歌声を聴かせて』とあわせてどうぞ。

 

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イヴの時間』以来、『サカサマのパテマ』、『アルモニ』と基本的に閉鎖空間を舞台としてきた(『サカサマのパテマ』は変則だけど)吉浦監督が、最新作では密室をはるか飛び出して宇宙までいってみせたというのも、おもしろいすっね。(『パトレイバー』は、まあ)

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