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歌声と幸福の在処——『アイの歌声を聴かせて』感想

映画チラシ アイの歌声を聴かせて 土屋太鳳

『アイの歌声を聴かせて』をみました。吉浦康裕監督のフィルモグラフィのなかでも、抜群に楽しい映画だったと思います。以下、感想。

 近未来、日本列島。AI研究をリードする大企業、ホシマエレクトロニクスの城下町で、高校生の少女、サトミは、ホシマの研究員である母と二人で暮らしていた。高校では友人も少なげで、「告げ口姫」と陰口をたたかれる彼女だった。しかし、母のチームがつくったAI、シオンが秘密裏に行われる実証実験で高校にやってきたことで、彼女の周囲は一変する。シオンがAIであるという秘密を不意に共有してしまった級友たちを巻き込み、彼女の歌声は響き渡る!

 『イヴの時間』、『サカサマのパテマ』の吉浦康裕監督の最新作は、キュートでエキセントリックなロボット少女が巻き起こす、SF青春ドラマ。SF的な道具立ては『イヴの時間』以来の吉浦のお家芸で、学校を舞台とした青春ドラマとしては『アルモニ』の記憶も喚起するが、本作ではディズニーアニメ的なミュージカルをそこに大胆に取り込み、新たな一歩を踏み出した。

 現実と似通った作品世界で、ミュージカル的な時空間を立ち上げるためにSF的なガジェットを利用してみせる、という発想がまずお見事といっていいでしょう。そのミュージカルも、『アナと雪の女王』などのディズニーアニメを参照している「模倣」であることを作中で明示し、それが作品の主題と共鳴してもいる。現実の風景を借景のようにして、フィクションを演じること、すなわちフィクションの模倣として現実を立ち上げてみせることは、おそらくこの作品がAI≒フィクションに託した可能性なのだろう。

 奇矯な言動で人間たちを振り回すAIを演じる土屋太鳳は、声優を本業としていない演者特有の異物感が役割とマッチしていてよい味わい。この奇妙な魅力が作品を牽引している。キャラクター原案をつとめた、『海辺のエトランゼ』などで知られる紀伊カンナの描線の魅力は、実際にアニメーションとして動くキャラクターに十全に反映されているとはいえないようにも思うが、それでもキュートで素晴らしい。

 舞台である企業城下町、景部市のランドスケープは予告ではほとんど映っていなかったが、田園のなかに屹立するツインタワーや、海辺に広がるソーラーパネルや風車など、現実を参照項としつつもほんの少しの飛躍がある点が目を引く。また、AIがより普及した至近未来の日常描写も、短時間で手際よく提示していて実にクレバーな感じ。素晴らしいのは、それが単なるランドスケープにとどまらず、ドラマのなかで効果的な見せ場をつくるために活用されている点。サトミの目覚まし時計や電子工作部の黒板の文字など、細部がきちんとドラマ上の意味を与えられていて、作品世界が非常にロジカルに構築されていると感じる。

 ドラマ上の謎として提示される「シオンに最初の命令を与えたのは誰か?」という問いへのアンサーは、結局、人の手によってつくられたものは、どのように人の幸福に資することができるのか、という問いへの解答と重なるのだろう。幸福の在処など誰も知りはしないのだが、幸福であってほしいという願いがほとんど信じられない回路を通して幸福を導くことがある。ほとんど不随意の運動の如く訪れる歌声が、幸福の在処までわたくしたちを導くかもしれないのであって、そうした可能性を含みこんでつくられるのが、たぶん映画なのだ。

 

 

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【作品情報】

‣2021年

‣原作・脚本・監督:吉浦康裕
‣共同脚本:大河内一楼
‣キャラクター原案:紀伊カンナ
‣キャラクターデザイン・総作画監督島村秀一
‣メガデザイン:明貴美加
‣プロップデザイン:吉垣誠、伊東葉子
色彩設定:店橋真弓
美術監督:金子雄司(青写真)
‣撮影監督:大河内喜夫
‣音響監督:岩浪美和
‣音楽:高橋諒
‣作詞:松井洋平
‣配給:松竹
‣アニメーション制作:J.C.STAFF