様々な人からとっとと読まないとネタバレを与えて○すみたいな感じの圧力を加えられ、『マルドゥック・アノニマス』既刊を読んだんですがこれはマジで圧力に感謝しないといけないやつで、リアルタイムでこれを読めるのは滅茶苦茶幸福じゃねーかと。というわけで以下感想。
金色の鼠の旅路。才能と野心とに溢れる科学者によって作り出された彼は、心を通じ合わせたかに思えた男がいた。しかし、一方的に彼を濫用したその男と鼠は袂を分かち、鼠の旅は次の局面へと移った。鼠は新たなパートナーたる少女とともにその男を打ち倒す。それはかつての戦友あるいは相棒との永遠の別れを意味した。そして、鼠の旅路は最終局面へと突入する。誰もが避けられない、死という窮極の運命。そこへ向かう巡礼の旅が始まりを告げる。
男の、あるいは少女の相棒として、マルドゥック・シティの物語と共に歩んできた金色の鼠=ウフコック・ペンティーノが、『マルドゥック・アノニマス』では主役の座につく。巡礼の旅はたぶん恐ろしく孤独なものになるだろう。それまで誰かの傍らにあり、誰かとともに戦ってきた彼は、いよいよ彼自身で、一人きりで戦わねばならない、それが巡礼者の孤独なのだろうと思う。
彼はいかにして戦うのか。匿名の報告者として、街の暗部のリストを作成すること。そのような孤独な戦いは、1巻の後半から始まり、2巻では文字通り敵の懐に潜入したウフコックが、ひたすらに敵たる者たちが天国への階段をのぼりつめるさまをただただ目撃し続ける。都市の暗部で跋扈する、身体を改造され異能の力を得るに至った〈エンハンサー〉と呼ばれるものたち。それらを糾合し、均一化し、一つの勢力〈クインテット〉を築き上げようとする、「ハンター」と呼ばれる男。そのハンターこそ、おそらくはウフコックと対をなす、匿名のダークヒーローなのだろう。
匿名のリストメーカーとして名を捨て去って戦う道を選んだウフコックと、名を隠してひたすらに都市の頂点へと至る階段をのぼりつめるハンター。二人の名無しの男の戦いが『マルドゥック・アノニマス』という物語を規定するのではないか。ハンターはプロットの段階では存在しなかったと1巻あとがきにあるが、そのことがとても信じられないほど、この名無しの男は『アノニマス』の物語と分かちがたく結びついているように思われる。
とはいえ、『ヴェロシティ』の結末で提示され、そしてその都市への浸透ぶりが『アノニマス』2巻で示された〈シザース〉も、マルドゥック・シティをめぐる物語において極めて重要な役回りを演じることは想像に難くなく、だからこれからウフコックたちイースターズ・オフィス、ハンター率いるクインテット、そしてシザースの三つ巴の様相を呈してくるのではという気がする。その三つ巴の局面から、「均一化」を掲げるハンターと、「総和の無」をめざすシザースたちとが溶け合うような形で結びつき、ウフコックたちイースターズ・オフィスは極めて厳しい立場に置かれるのでは、という気がするんだけれど、まあこんな見立てはあまりにも単純すぎるし、これからの旅路でおれには想像もつかないような苦しみと絶望とが待ち構えているのだろうと思うと、今から楽しみでなりません。
それはそうとして、ハンターたちクインテットが、あらゆるモノを捨て去っていく集団であることをことさらに強調しているのが気になって、『スクランブル』のなかで提示されている忘れるものたち/記憶するものたちみたいなものを想起させる。『アノニマス』ではその構図を別様に反復するように、ウフコックという記録を集めるものと、すべてを捨て去るクインテット、という対比になってんのかなという感じがする。結末まで読まないとなんともいえませんが。
過去作の人物があっと驚く仕方で登場するのはまさにシリーズものの楽しさだよなあと2巻を読んで強く感じたので、読み返しておきたいですよね。
マルドゥック・ストーリーズ 公式二次創作集 (ハヤカワ文庫 JA ウ 1-101) (ハヤカワ文庫JA)
- 作者: 冲方丁,早川書房編集部,寺田克也
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2016/09/21
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