宇宙、日本、練馬

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デイヴィッド・ピリング『日本‐喪失と再起の物語:黒船、敗戦、そして3・11』感想もしくはいかなる物語に賭け金を置くべきかということ

日本‐喪失と再起の物語:黒船、敗戦、そして3・11 (上) (ハヤカワ文庫NF)

 

 デイヴィッド・ピリング著、仲達志訳『日本‐喪失と再起の物語:黒船、敗戦、そして3・11』を読みまして、まあタイミングもタイミングなのでなんとなく思うところもあり、それを書き留めておこうかなと思います。

  本書はイギリス人によって書かれた日本論。サブタイトルから想起されるように、2011年3月11日の東日本大震災を受けて書かれた、という点にまず本書の特性が現れている。『菊と刀』式に抽象的な「日本的なるもの」を論じようとした著作ではなく、あくまで歴史性の上にある「現在の日本」を提示することを試みていて、だから「恥の文化」のようなある種の理念型を構築していくような叙述ではなく、むしろそうした画一的な日本の像を排し、雑多で多様な現代日本のその雑多性、多様性を提示していくような叙述に貫かれている。

 どのようなトピックが扱われているかを確認するには、目次を眺めるのが手っ取り早い。

第1部 津波

第1章 津波―二〇一一年三月一一日、陸前高田
第2章 逆境をバネにする―被災地をゆく

第2部 「二重に錠のかかった国」

第3章 島国であることの意味―日本人論の虚実
第4章「脱亜」への決意―日本外交のルーツ

第3部 失われて戻ってきた二〇年

第5章 無限級数のように―奇跡の戦後復興
第6章 転落の後に―転機としての一九九五年
第4部 ポスト成長神話

第7章 ジャパン・アズ・ナンバースリー―日本衰退論の嘘
第8章 リーゼント頭のサムライ―小泉純一郎とその時代

第9章 ポスト成長期の日本―少子高齢化を超えて

第10章 約束された道―模索する若者たち
第11章 几帳の向こう側から―変化する男女関係

第5部 漂流

第12章 日本以外のアジア―歴史問題の呪縛
第13章 異常な国家―二人の総理大臣の挑戦

第6部 津波のあとで

第14章 福島原発事故の余波―人災と脱原発
第15章 市民たち―新たなる社会の胎動
第16章 津波のあとで―復興へと歩む人々

  2011年3月11日の出来事から書き始められ、主に「失われた20年」における日本を政治と様々な社会問題を取り上げて論じ、そして再び2011年3月11日に至り、その後の社会の様子を粗描して、本書の叙述は閉じられる。日本社会の外部の眺める日本の像は、内部から眺められるものとは往々にして異なる。外部から眺められた像が「客観的」であるかはまた別問題だと思うのだけれど、それはそれとして、乾いた筆致で綴られる本書の語りは非常に読ませるし、とりわけ小泉劇場から民主党政権を経て第二次安倍政権にいたる政治の流れの記述なんかは極めて中立的かつ冷静な整理になっていて学ぶところが多かった。

 現代日本の多様な様相を記述していることが本書の特徴だと上に書いたが、全体の基調となっているのは「喪失と再起」。本書の原題"Bending Adversity"、意訳するなら逆境をバネにする、くらいのニュアンスだと思うが、日本人から知らされたことわざ「災い転じて福となす」から着想を得たというこのタイトルが、本書の全体のトーンを決定していて、それは陸前高田の「奇跡の一本松」に日本の運命を重ねるラストの祈りのような記述に象徴的にあらわれている、という気がする。

 しかし、これはあくまで僕個人の実感でしかないのだけれど、もはやそうした「喪失と再起」の物語ではなくて、また違う物語に賭け金を置くほうが、なんというか肌にあっているという気がして、だから大変勉強になったのだけれど、全体としての著者の姿勢には共感できなかった。それが本書の価値を減じるとは思わないのだけれど。

  昨年2016年は、東日本大震災という出来事のあとを生きざるを得ない、そうした私たちの歴史的な位相を極めて意識的に語った作品が多くの人の心をとらえた、そういうある種のターニングポイントともいえる年だったのではないか。本書を通じて再び東日本大震災当時の諸々の出来事を再確認するにつれ、『シン・ゴジラ』がそのような状況をフィクションの力で再び辿りなおすかという想像力を発揮していたかを想起せずにはいられなかったし、同時に人の住みかが跡形もなくなる、そうした出来事のあとに語られたからこそ、『君の名は。』で語られる悲劇はリアリティが担保されているのではなかろうか、とも思う。



 話を「喪失と再起」という物語に戻すと、もはや「再起」ができないにも関わらず、それでも生きていかなければならない、そういう物語のほうが、なんというか僕はより現実の雰囲気に即しているのではなかろうか、ということで、『君の名は。』はそういうお話だったと思うし、先日視聴した『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』なんかもまさしくそういう物語であったのではないか、と思うわけです。


 なんかまとまりがまったく欠けていますが、こんなことをとりとめもなく考えていたということで、はい。以下の本とあわせて、なんとなく現代を眺める目線を形作る縁になる、そういう本だったと思います。



話はまったく変わりますが、僕は神山健治監督が『ひるね姫』でどういう物語をいま語ったのかということが今から大変楽しみでなりません。

 

 

 



 

 

 


 

 

 

日本‐喪失と再起の物語:黒船、敗戦、そして3・11 (上) (ハヤカワ文庫NF)

日本‐喪失と再起の物語:黒船、敗戦、そして3・11 (上) (ハヤカワ文庫NF)

 
日本‐喪失と再起の物語:黒船、敗戦、そして3・11 (下) (ハヤカワ文庫NF)

日本‐喪失と再起の物語:黒船、敗戦、そして3・11 (下) (ハヤカワ文庫NF)