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暗闇にようこそ——『THE BATMAN-ザ・バットマン-』感想

ザ・バットマン (輸入盤 数量限定通常CDプレス盤)

 『THE BATMANザ・バットマン-』をみたので感想。

 悪徳のはびこる街、ゴッサム。犯罪者たちがうごめき人心は荒廃し、そこに覆面のクライム・ファイターまで現れ、街は混沌のただなかにあった。そんななかハロウィーンの夜に市長が殺害され、それをきっかけに謎めいた連続殺人―—しかも市の要人を狙った——が発生し、覆面の男バットマンを挑発する。次第に暴かれる街の闇と、男はいかに向き合うのか…。

 幾度も実写映画化されているDCコミックスのヒーロー、バットマン。『クローバーフィールド』、『猿の惑星』新シリーズのマット・リーヴス監督の手になる今回の実写化は、ベン・アフレックが演じたDCエクステンデッド・ユニバースから離れ、単独の犯罪映画のような調子をまとった作品になった。悪徳はびこる街の様子はダシール・ハメット『血の収穫』やレイモンド・チャンドラー『大いなる眠り』のようなハードボイルドの古典のような雰囲気もあり、また警察を挑発するかのような犯罪はデヴィッド・フィンチャー『セブン』、『ゾディアック』のような調子もある。『セブン』のような強烈な猟奇性は禁欲されているが、ほとんどが夜の場面を舞台としているがゆえに画面の薄暗さは、雨のしたたる街を舞台にした同作と通じるものがある。

 クリストファー・ノーランによる傑作にしてすでに古典といっていいだろう『ダークナイト』は、マイケル・マン監督の『ヒート』のようなクライム・アクションを骨組みとしてヒーロー映画をつくってしまったという点で極めてエポックであったが、この『ザ・バットマン』も古典的ハードボイルドの血によって、バットマンというヒーローをあらたなかたちで立ち上がらせようとした試みとみなしうる点で、その精神性は継承されている。

 しかし、その試みがうまくいっているかと問われれば、それに全面的に肯定的な回答を返すことは難しい。ハードボイルド的、ノワール的な道具立てをかなり生真面目に消化しようとして、それがおよそ3時間という上映時間を導いているのではという気がして、端的にいって間延びしているように感じられる。またバットマンとゴードン警部補のコンビは、あたかも探偵小説の探偵役と助手だが、それゆえバットマンが(非合法のクライム・ファイターであるにもかかわらず)極めて受け身な存在になっている気もした。

 冒頭、暗闇のなかから現れ、チンピラを容赦なく叩きのめすシーンの過剰な暴力性には昏い悦びが宿っているのだが、そのような不穏な暴力性の発露はそのシーンくらいなのが残念。ロバート・パティンソンのダウナーな雰囲気は、先行する俳優たちとは明らかに異なるかたちでブルース・ウェインの魅力を彫琢していたがゆえに、そのダウナーさと共振するような残酷さがもっとカメラに映っていたら、この映画の印象も大きく変わっただろう。そしてそれがブルース・ウェインと敵役とがあたかも双生児のごとく立ち現れる展開に、わたくしはもっと強烈な居心地の悪さを感じたに違いない、とも。

 しかし、ゴッサムに通じる暗い密室で過ごすいささか退屈な時間が、まさに劇場という空間の特権という気もするので、それはそれでよかったかもしれません。暗闇で我々を待ち構える不穏な影とほんとうに出会えるのは、映画館だけなんだから。