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阿部幹雄『那須雪崩事故の真相 銀嶺の破断』感想

那須雪崩事故の真相 銀嶺の破断

 阿部幹雄『那須雪崩事故の真相 銀嶺の破断』を読んだので感想。

 2017年3月、登山講習会のなかで高校生と顧問教員8名が雪崩に巻き込まれ亡くなった。事故から7年あまりが経過した現在、講習会で指導的立場にあった教員3名を被告とする刑事裁判が進行しており、5月に判決が言い渡されるようだ。

 わたくしはこの事故の直接の関係者ではないのだが、まったく縁がないとはいえず、事故にかかわる動きをときたま調べたりしていた。

 インターネット上では遺族・被害者の会がウェブサイトを立ち上げており、裁判の経過を逐一掲載しているのみならず、情報公開請求で入手した事故にかかわる公文書をかなり網羅的にアップロードしている。

nasu0327.com

 ただ、遺族会のウェブサイトは教員への処罰感情が時折強烈に発露していて、それは教員、あるいは栃木県の教育委員会が遺族たちと適切に関係を構築できなかった故のことなのかもと邪推したりするのだが、しかし、高校生の子どもを亡くすというのは文字通り想像を絶する経験であることに疑いはないし、その感情が事故にかかわる責任者に向かうことは当然のことのようにも思う。とはいえ、第三者の目線のものを読んですこし見方を相対化したいと思い、手に取ったのが阿部幹雄による著書。現在のところ、単行本となっているものではこの事故を扱った唯一のルポルタージュのようだ。出版は事故から2年後の2019年。

 著者はかつて登山中の事故で仲間を失い、サバイバーとして遺体の回収にあたってきたという過去がある。そのことがこの事故に対するある種の使命感のようなものを抱かせ、取材にコミットメントする動機となっていることが推察される。雪崩のメカニズムやその原因をめぐる調査については専門的な知見を活用し、かなり詳細。それが本書の特徴のひとつだろう。犠牲になった大田原高校の生徒と、ライバル校との対抗関係を事故の背景の一つとする推測は(当然ながら)公の報告書にはあらわれてこないし、また遺族への取材も迫真性がある。裁判の被告となっている教員への取材がないのは残念だが、民事・刑事裁判を控えていた本書の取材当時には流石に取材は受けられなかっただろう。

 以下、一部が山と渓谷社のウェブサイトに公開されているが、この抜粋部分を読めば事故のあらましはつかめると思う。

www.yamakei-online.com

 一方で書籍としては全体の構成に難があり、章ごとの独立性が高く、またそのなかで繰り返し提示される情報もあり、端的にいって冗長と感じられる。裁判が結審したら、別の書き手による複眼的な視点をもったルポルタージュが書かれるといいと思うんだが…。