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宇宙、日本、練馬

映画やアニメ、本の感想。ネタバレが含まていることがあります。

『インフェルノ』感想、あるいはフィレンツェの帆場暎一

映画

インフェルノ(上) (角川文庫)

  『インフェルノ』を字幕版でみました。以下感想ですが、もちろんネタバレが含まれており、ネタバレが映画の楽しみを著しく損なう種類の映画だと思いますので、ご注意ください。

  男は病室で目覚める。なにやら血にまみれた頭で点滴を打たれている。しかしなぜ自分がそのような状況に置かれるに至ったか、男は知らない。判然としない意識の中で男は幻視する。皮膚の爛れた罪びと、頭部が180度ねじれた人々、その他諸々の地獄のイメージを。

 数日の記憶を失くしたロバート・ラングドン教授が、世界の人口を半減させるというウィルスの拡散を阻止すべく、フィレンツェヴェネツィア、そしてイスタンブールを駆け巡る。『ダヴィンチ・コード』ではテンプル騎士団、『天使と悪魔』ではイルミナティと、歴史上の秘密結社をめぐる陰謀に巻き込まれその都度事態を収拾してみせたラングドン教授だが、今回彼が巻き込まれるのは人類の救済のために大量虐殺を計画する大富豪、バートランド・ゾブリスト。世界史上の謎というモチーフは後退し、ラングドン教授も本調子じゃないので、前2作のように薀蓄全開の見立てを披露して物語をドライブさせていくような作劇とは趣がだいぶ異なっているという印象。

 しかし観光地をヴァーチャルに楽しめる魅力は健在で、とりわけ物語の始まりの地であるフィレンツェの街並みはほれぼれするよな美しさ。ラングドンの記憶喪失という状況を利用して、敵味方が判然としないスリルを持続させてみせる語り口も巧妙。見立て殺人の追いかけっこの果てにイルミナティをめぐる陰謀をシニカルに嘲笑しつつ、神とは何かという問いに一応の回答を示してみせた傑作『天使と悪魔』には及ばないにしても、いささか冗長に過ぎた『ダヴィンチ・コード』よりは間違いなく満足度が高かったという気がする。

 というわけで前2作とよくもわるくも同工異曲的な本作ですが、敵役であるゾブリストにある人物のイメージが重なるわけです。冒頭、秘密を抱えたまま身を投げる男。その男の陰謀に突き動かされる物語。そう、ゾブリストとはすなわち帆場暎一の後継者のひとりであり、『インフェルノ』は『機動警察パトレイバー the Movie』なのです。『シン・ゴジラ』の牧悟郎元教授といい、今年は帆場暎一復活の年だといえるでしょう*1

 そのあまりに帆場的な冒頭の所作に、僕はこの『インフェルノ』は途轍もない傑作になるのでは???という予感に打ち震えていたんですが、うーんなんというかそうはならなかったなあというのが正直なところです。これは完全に僕の好みの問題で、だから以下の文章は趣味に基づくおしゃべりなのですが、ゾブリストは帆場になるにはあまりに饒舌すぎ、そしてラングドン教授はじめとする物語上の「正義」は、あまりに体制側の価値観に寄りかかりすぎている、という気がする。

 帆場の強みは物語上自身の言葉を直接には語らない、ということである(これは『シン・ゴジラ』の牧の強さでもある)。彼はその目的をはっきり表明した言葉を遺しはしない。彼が遺すのはあくまで犯罪と痕跡に留まる。彼には遺志を継ぐ同志はいない。だから彼との闘いは彼の痕跡をたどることによってしか遂行されえない。その痕跡はたんに痕跡に留まるがゆえに、物語上の要請によって読み解かれなければならないのだが、それを解釈する「正義」の側が果たして正しくその痕跡を読み解けているのか、ということは宙づりにされる。だから、帆場との対決は後藤にとって「どっちに転んでも分の無い勝負」であるしかない。

 一方でゾブリストはあまりに饒舌に過ぎた。彼はあまりに直截に自身の目指すところを語ってしまう。だから、彼の確信犯的犯罪、人類を救うために大量虐殺が必要だという論理に対して、正義の側は対抗する論理を紡がなければならないという物語上の要請が発生してしまう。帆場の犯罪はバックグラウンドが不明なためにそういう煩瑣を回避することができたんでないかと僕は勝手に思うんだけれど、ゾブリストはひとつの狂信的な正義を示しているわけで、それが帆場とゾブリストとのあいだに決定的な一線を引く。ゾブリストの狂信はラングドン教授たちにそれを否定するにたる論理を要請すると思うのだが、それを示すには時間が足りなかったのか、あるいは大量虐殺は何があっても防がなければならないという常識的な価値観は開陳されるまでもないとふんだのか、作中で具体的にゾブリストの論理は否定されない。それがこの映画の瑕疵だとはあんまり思わないんだけど、せっかくゾブリストさんの論理を明かしたんだから、それを明示的に否定してもよかったのでは、とは思う。

 彼の遺した志はそのまま恋人へと流れ込み、そして世界には遺志を継ぐ同志がいるらしい。これもゾブリストと帆場の際立った差異であるといえると思うんだけど、恋人とのエピソードがあんまり彼の魅力を引き出しているとはいい難かったというか、正直ロマンスの場面で空気が弛緩してしまったような感じがあって、なんというかいい印象はなかったなーという。

 はい、なんか好き放題書き散らかしましたが、こんな感じです。次回があるならまたテンプル騎士団みたいな歴史ネタの分野でラングドン教授の活躍がみたいかも。

 

関連

  結構前に書いた文章でわりに気に入ってたんですが、今読むとちょっとあれなんで時間みて書き換えたいかも。


 

 

インフェルノ(上) (角川文庫)

インフェルノ(上) (角川文庫)

 

 

  登場人物の唐突なdisを浴びてた「失われた表意文字」ってすなわちこれですよね...。

ロスト・シンボル (上) (角川文庫)

ロスト・シンボル (上) (角川文庫)

 

 

【作品情報】

‣2016年/アメリカ

‣監督:ロン・ハワード

‣脚本:デヴィッド・コープ

‣出演

 

*1:

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