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地獄への道を善意で舗装――『ズートピア』感想

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 『ズートピア』を2D吹き替え版でみました。ファミリーがいっぱいな時間帯にファミリーがいっぱい見に来る映画をみたのはひっさしぶりという感じで、なんだか新鮮でした。以下感想。

  動物たちが進化して高度な――我々の生きる現代社会とそう変わらない水準の文明を築き上げ、もはや肉食動物が草食動物を食べることもなくなった、そんな世界。血みどろの弱肉強食がなくなったとはいえ、動物たちのあいだの、とりわけ肉食動物と草食動物とのあいだの壁は分厚く、社会のなかではどうやら棲み分けがなされている様子。たとえば、うさぎは警察官になれなかったり。そんな社会のなかで、「社会をよりよくする」ために警察官になろうと志す、うさぎの女性、ジュディ・ホッパー。肉食動物と草食動物とが入り乱れて暮らす大都会、ズートピアで新米警官になった彼女が、最初に向き合うのは、連続行方不明事件。キツネの詐欺師ニック・ワイルドを強引に巻き込んで、彼女は捜査にくりだしてゆく。

 私たちの社会の似姿を動物に演じさせ、差別をめぐる寓話をひたすら楽しいアクションのなかに組み込んだ『ズートピア』は、動き回るキャラクターたちを眺めているだけで気持ちいいし、なんかちょっと「深い」映画を見た気にもなれるしで、流石世界中のあらゆる人々をターゲットにしたディズニーさんの映画だぜという感じ。差別をめぐる寓話は、アメリカ社会の「白人」/「黒人」の暗喩にも思えるし、肉食獣の男社会のなかに敢然と足を踏み入れるジュディの物語は、女性差別に対抗する神話のようにも読めるし、なんかそういう感じでいくらでも我田引水できそうな感じがする。というとなんとなくひねくれた見方である気もするけれど、どうとでも読めるということは、裏を返せばある種の普遍性を備えているっていうことでもある、という気がして。それでもこの作品がアメリカで作られたっていうことはやっぱり、人種あるいは民族あるいは言語によって社会のなかに分断線が走ってきたあるいは走っているアメリカ社会の状況が反映されているのかなーとか素朴にも思ってしまうわけですが、まあそれはおいといて、ミッキーマウスの精神的後継者たる擬人化された動物たちが動き回るのがやっぱりひたすら楽しい。

 その楽しさと、ドラマのなかのある種のグロテスクさの不調和が、『ズートピア』に独特の味わいを与えていると思うわけです。そのグロテスクさというのは、「社会をよりよく」するために行動するジュディの言葉によって、相棒との関係に、ひいては社会のなかに亀裂を走らせる、その展開に尽きる。地獄への道は善意で舗装されている。安全に工事を行うために発明したダイナマイトが人を大量に殺すことになったノーベルさんとか*1ね。たぶん世の中って悪いことしようと思って悪いことしてる人ってそんなにいないんじゃないかと僕は素朴にも信じていて、だから現実の世の中のろくでもないことの少なからざる部分が、人の善意がなんらかの回路の不具合みたいなものによってろくでもないことに転嫁したものだと思うんですよね。なので創作物のなかぐらい、悪い奴の悪い意志によってろくでもないことが生じてほしい、と思ったりするわけですよ。にもかかわらず、『ズートピア』はよりにもよって「社会をよりよく」しようとする主人公の手で、地獄が現前するわけじゃないですか。うおーこんな展開を幼い子供にみせるのか!と無駄な心配をしたりしました。

 とはいえ、「いい人」ほど偏見と先入観に凝り固まっている(ジュディすら例外ではない)ということを執拗に反復してもいたという気がするので、この展開には唐突感などまるでなく、それが一層しんどさを感じさせもする。

差別感情は卑劣漢とか冷酷無比な人に具わっているのではなく、むしろ「善良な市民」あるいは「いい人」のからだにたっぷり染み込んでいる。中島義道『差別感情の哲学』p.213

 思わずこの一節が脳裏に浮かびました。ジュディの両親の様子とかの描写で。

  ジュディが記者会見で「生物学的」な問題が…と口にしてしまうあたりは、差別に科学的な装いを与えて大虐殺を導いた近代の大いなる蹉跌が脳裏に浮かぶし。

 「いい人」の「いい行い」が「いい結果」をもたらすとは必ずしも限らない、それでも夢に挑戦せよ、というなんちゅーか厳しい道を示して、それを超一級のアクションのなかに説教くささゼロで組み込んでみせるあたりの老獪さというか職人芸に、ひたすら屈服しました。すげえ。

 

 

Ost: Zootropolis

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ディズニー ズートピア ビジュアルガイド

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【作品情報】

‣2016年/アメリカ

‣監督:リッチ・ムーア、バイロン・ハワード

‣脚本: ジャレッド・ブッシュ、フィル・ジョンストン

‣出演

*1:この通俗的な理解は正しいのかしらん