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分かち持たれる傷、見出された祝福――『シェイプ・オブ・ウォーター』感想

【映画パンフレット】 シェイプ・オブ・ウォーター

 『シェイプ・オブ・ウォーター』、みました。よい映画でした。よい映画でした。以下感想。

  アメリカ合衆国。おそらく、1950年代から60年代。第二次世界大戦後、あの国が史上最も活気にあふれていた時代。あるいは、ふたつの超大国の衝突による世界の終わりが、リアルなものとして感受された時代。そしておそらく、私たちの生きるいまよりもはるかに、異質なものが排斥された不寛容な時代。その時代に、彼女と彼は出会った。閉ざされた研究施設で。彼らは私たちと同じようにものを見、考え、感じる力をもっていた。だけれど、それを声というかたちで表すことができないでいた。そして、彼女が出会ったのは、人のかたちをしていながら、人のかたちをしていない、私たちが眼にすることのない異形の、ふしぎな生き物だった。

 1950~60年代*1のアメリカを舞台に、声をもたない女性と、奇妙な形をした半魚人的水棲生物の運命の出会いを描く。1950年代という時代は、一般に、アメリカ社会がもっとも繁栄を享受した時代として回顧される。第二次世界大戦後、資本主義社会を牽引する超大国として、アメリカが政治的にも経済的にも巨大な力をもっていた時代。だから二人の交感を阻止しようとする「怪物」ストリックランドは、強く正しいアメリカの具現のようなものとして現前する。彼は、アメリカ軍に所属する軍人であるらしく、そして郊外に一軒家を構え自動車を乗り回す。軍隊、そして大衆消費社会というアメリカの力の象徴を、典型的に享受する白人。

 一方で、二人の側に立つのは、そうしたアメリカ合衆国の繁栄の陰で抑圧されてきた人々、すなわち同性愛者、黒人(女性)。そこに社会主義者を加えてもよいかもしれないが、ともかく1950年代という社会を背景に、極めて図式的に登場人物が配置されている。弱者たちと強者が対置される明快な構図。

 その一方で、弱者の側に置かれるふしぎな生き物と、強者たるストリックランドは、鏡像のようにも提示される。彼らは「怪物/神」というイメージを媒介にして結ばれ、そして具体的には、その「傷」を介して結びつく。研究所に捕われたふしぎな生き物は、繋がれ管理され、そして警棒によって暴力的に身体を傷つけられる。一方のストリックランドは、ふしぎな生き物を圧倒的に有利な立場から傷つけ続けるが、その一方で、彼が研究所にきて早々、ふしぎな生き物によって指をかみちぎられ、その傷は終ぞいえることはない。ふしぎな生き物が痛めつけられる様子は強烈だが、同時にストリックランドがその指を失い、スクリーンにあらわれる場面の鮮烈さもまた忘れがたい。痛めつけられていたふしぎな生き物が、不意にその暴力性を解き放ってしまう場面の痛ましさも。そしてストリックランドもまた、国家によってその命運を握られた囚われ人でもある。

 このように相似形として立ち現れる二人の怪物は、ともに「神」に擬せられる。とはいえ、その有様は大きく異なっていて、ストリックランドは自らを神の似姿だと強弁するのみで、神のごとき権能は(私たちがそうであるように)持ち合わせていないが、ふしぎな生き物は違う。手をかざして他者を癒すそのさまは、聖書に伝えられる預言者、あるいはその似姿であった「奇跡を行う王」のイメージを喚起する。この点において、相似形たるふたりの怪物のあいだには明確な切断線が引かれているのだが、それはふしぎな生き物が、現実には存在しえないがゆえに、そこに託された希望なのだろう。

 声を出すことの叶わないイライザは、その原因が首筋の傷にあるかのように、劇中では示唆される。ストリックランドは、その傷を愛することができる、しかし極めて抑圧的な仕方で。ふしぎな生き物が提示したのは、そうでないかたちで傷と接することであり、だから、物語の結末、夢か現か判別することのできない時間のなかで、彼女の傷は、もっとましな、別の場所へと道を開くための、祝福された傷として見出される。ここではないどこかで、私たちがそれぞれもつ、癒されえない傷が、それでもなお、祝福されたものとして見出される可能性の場所、それが映画であり、フィクションなのだ。ふしぎな生き物という異形に、その祈りは託されている。

 

 

 

ギレルモ・デル・トロのシェイプ・オブ・ウォーター 混沌の時代に贈るおとぎ話

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シェイプ・オブ・ウォーター (オリジナル・サウンドトラック)

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【作品情報】

‣2017年/アメリカ

‣監督: ギレルモ・デル・トロ

‣脚本: ギレルモ・デル・トロ、ヴァネッサ・テイラー

‣出演

*1:ディティールを子細に眺めればもっと詳細に年代を特定できるのかもしれませんが、それは僕の力量をはるかに超えています。追記、Wikipediaによると1962年だそうで。