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さらば愛しき悪霊——『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』感想

ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス/ポスター IPO77

 『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』をみました。以下、感想。物語の展開に触れています。

 元医師・現在は魔術師であるドクター・スティーブン・ストレンジは、異世界から現れた異形の怪物に追われる少女、アメリカ・チャベスを助ける。並行世界=マルチバースを渡る能力をもつ彼女は、その能力をもつ何者かにつけねらわれていた。ストレンジは、かつての戦友で、マルチバースの情報を持っているとおぼしき魔女、ワンダ・マキシモフに相談をもちかける。彼女こそが、マルチバースを自在に行き来できる力を誰よりも欲しているとも知らずに...。

 マーベル・シネマティック・ユニバース第28作目は、魔術師ドクター・ストレンジを主演に据えた2作目にして、サム・ライミの作家性が色濃くにじんだ奇妙な映画になっている。そして、旧来のシリーズで善玉として活躍するさまをわたしたちにみせてきたヒーローが、悪となって立ちはだかるという展開に、ドラマをキャラクターに奉仕させたりはせんぞというMCUの決意表明をみてとることもできるだろう。

 ドクター・ストレンジがサノスを打倒するために見出した「たった一つの方法」によって大きな傷を負った一人が、「あったかもしれない可能性」に魅入られて悪霊のごとき存在になってしまうという展開は、ある意味で誠実だとも思うし、『エンドゲーム』の結末を単なる大団円として意味づけを拒否するものでもあるだろう。敵が相いれない価値をもつ悪党ではなく、理解可能な理由から悪しき手段を選んでしまった悪霊であることによって、『死霊のはらわた』のサム・ライミが監督する必然性が強化されることにもなっていて、魔女に追跡されるシーンなどのいかにも手慣れている演出は妙に記憶に残る。正面から打倒するのではなく、悪霊に自身の過ちを理解させ成仏させるような展開は、キャラクターへの最低限の敬意ともいえるだろうか。

 MCUの前作『スパイダーマン/ノー・ウェイ・ホーム』に続いて、パラレルワールドという設定をいいことに驚くべきキャラクターたちが登場する無節操ぶり!とりわけ無惨に殺害されるプロフェッサー・Xは、『ローガン』でその先例があるとはいえ強い衝撃を受けざるをえない。ただこうしてほかのヒーロー映画の記憶を植民地化していくこの手法がほんとうにいいのか、わたくしにはわからねえが...。ともかく、どんなヒーローも悪霊になりうることを示してしまったこの最新作は、今後のマーベル映画の方向性をなんとなく示唆しているような気がするわね。