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スパイの百面相―—『ブラック・ウィドウ』感想

ブラック・ウィドウ:プレリュード

 『ブラック・ウィドウ』をみたので感想。

  アベンジャーズ分裂後、追われる身となったナターシャ・ロマノフ=ブラック・ウィドウ。彼女のもとに、かつて姉妹として時間を共に過ごした女からの厄介な贈り物が届けられ、葬ったかに思われた過去との対決が始まる。

 マーベル・シネマティック・ユニバースの24作目にして、ナターシャ・ロマノフを演じ続けたスカーレット・ヨハンソン最後の登場となるだろう作品。MCU自体、様々なジャンル映画からの引用によって多彩な作品を世に送り出してきたのであるが、この『ブラック・ウィドウ』はスパイ映画のコラージュともいう雰囲気の作品になっている。冒頭、家族一同でアメリカから脱出するくだりはなんとなくジョン・ル・カレ的。妹分との格闘戦はカットを細かく割り、身の回りの家具などを利用しまくる『ボーン・アイデンティティー』風味だし、空中要塞への潜入はかつての007などを想起させる荒唐無稽具合。ヘリコプターをつかった派手なアクションはさながら『ミッションインポッシブル』。スパイ映画というジャンルがいかに幅広く、そして豊かなのかをこの『ブラック・ウィドウ』をながめて感じた次第。

 そうした冒険を経て、女スパイがふたたびマーベルの作品世界の重力のなかに帰還して終えるこの映画は、その後の彼女の運命を我々は既に知っているだけに、一抹のもの悲しさをまとっている。配信サービスでのスピンオフ展開に力を入れ始めたようにみえるMCUにとって、スクリーンはもはや主戦場ではなくなりつつある、というのもそうだ。ただやっぱり、他のジャンル映画にエンパワーメントされてここまできたシリーズの、まさにそうした力の象徴みたいな映画をこうしてみせられると、ヒーローたちの晴れ舞台は劇場であってほしい、とやっぱり思う。