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最後の義賊と歴史の終わり——『最後の追跡』感想

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 Netflixで『最後の追跡』をみました。抑制のきいた小品という感じで、よかったっすね。以下、感想。

 現代アメリカ、テキサス州。なんらかの目的のために金銭を必要とし、銀行強盗を繰り返す兄弟。それを追う、定年を間近に控えたレンジャーと、その補佐。逃げ切れるか、捕らえられるか。

 日本では劇場未公開となったが、アカデミー賞で各部門にノミネートされるなど、高く評価されたクライムムービー。脚本は『ボーダーライン』、『ウインド・リバー』などのテイラー・シェリダンが務め、それらの作品とも通底する抑制された雰囲気が映画を支配する。兄弟が銀行強盗をたくらむ、という出発点でいえば、今年公開されたマイケル・ベイ監督の『アンビュランス』と重なるが、マイケル・ベイがけばけばしいガジェットと爆発で映画全体を飾り立てたのに対して、こちらは犯行も地味だし追って追われての駆け引きも地味、しかしそれで十分に映画は成立するんだぜ、とでもいうような名人芸。

 銀行強盗の兄弟は、刑務所帰りの粗野な兄にベン・フォースター、その兄のセーブ役の弟はクリス・パイン。ベン・フォースターの悪漢ぶりは『3時10分、決断のとき』なんかを想起するし、クリス・パインのたたえるダウナーな雰囲気は、『スタートレック』やってるときより全然いいじゃん!という感じ。

 対して、引退を控えたテキサス・レンジャーを演じるジェフ・ブリッジスは、かつてコーエン兄弟の『トゥルー・グリッド』で演じた老ガンマンを現代劇として再解釈したような雰囲気。引退間際の警官というポジションは『ノーカントリー』のトミー・リー・ジョーンズに似るが、それよりははるかにパワフル。相棒に配された、ギル・バーミンガム演じるネイティブ・アメリカンの血を引く男は、その存在によってこの単純な犯罪劇・追跡劇に深い陰影を与えている。

 兄弟は亡き母の遺産である牧場を、なんとか子へと相続させるために銀行強盗を繰り返していることが、中盤に明らかになる。その牧場は母の借金の担保として銀行による差し押さえの期日が迫っており、兄弟は銀行に支払うために銀行を襲う、という倒錯した構図になっているのだ。そのことは兄弟とかかわる会計士も承知していて、しかもシンパシーすら表明する。つかの間の享楽のためではなく、収奪を続ける巨大資本へ抗う義賊。現代ではどうやっても陳腐化してしまうのではないか、という義賊というアイコンを、資本という抽象的な敵を設定し、かつその振る舞いが滑稽にもみえる(奪った相手にそのまま返す義賊などほとんど茶番だ)という仕方でリアリティを損なわずに描いてみせたところに、この映画の仕掛けのうまさはあると思う。

 一方で、先に触れたネイティブアメリカンの血を引く男は、いままさに銀行に象徴される巨大資本が庶民の土地を収奪していることに触れつつも、しかしそもそもヨーロッパにルーツをもつ農場主たちの土地は、そもそもネイティブアメリカンの土地だったのだ、と付け足すことを忘れない。

 母が借金を残したのは、おそらくサブプライムローンの破綻が原因だろうと推察される(一言言及される「モーゲージ債」はそれを示唆するための記号だろうと思う)。ネイティブアメリカンからの収奪を経て建設されたヨーロッパ系の住民による移民国家は、なにか巨大で抽象的な資本のシステムが駆動して人種の別なく搾取の対象とすることによって、まったく別の国家へと生まれ変わろうとしているのかもしれない。『最後の追跡』が作品世界に書き込んだそのような畏怖こそが、この両者痛み分けで決着する犯罪劇の余韻を、印象深いものにしている。