有吉佐和子『紀ノ川』を読んだので感想。
明治期。和歌山県九度山の旧名家、紀本家から同六十谷の地主、真谷家へと嫁入りした花。才気に満ちた夫、敬策は政治家として身を立てるほのかな野心を抱いており、そのあいだに子宝に恵まれる。その娘の一人、文緒、そしてさらにその娘、華子の人生をたどる、明治・大正・昭和にまたがる一大クロニクル。
1959年発表。有吉佐和子20代後半の作にして、彼女の代表作の一つ。『有田川』(1963年)、『日高川』(1966年)と、紀州を舞台にした三部作を形成しているようだが、いま新品で文庫本が手に入るのはこの『紀ノ川』だけのようだ。桜庭一樹『赤朽葉家の伝説』の着想元の一つとして知ってはいたのだが、読まないうちに引っ越しで手放してしまい、昨年末くらいからわたくしが勝手にやっている「名前は知っているが読んだことない本を読むキャンペーン」の一環として図書館で借りて読んだのであった。いまだ結構読みたい人がいるようで、12月ごろ予約してようやくいま借りることができた。
伝統あるエスタブリッシュメントの箱入り娘、花が主役の第1部、大正モダンガールが伝統と軋轢を生みながら母になってゆく第2部、そして昭和、戦禍の時代とその後を頼りない少女の目から描き、そしていよいよ旧世界が崩壊していくさまが描かれる第3部となる。こうしてみると3部構成とある素封家の没落を描いているという点で、北杜夫『楡家の人びと』と結構重なるのかもしれない。『楡家の人びと』の単行本が出たのは1964年で、時代的にも結構近い。
書き込まれている女の情念は20代の筆になるとは思えないほど真に迫っていて、半世紀を経た今でもその活力を一切失っていない。有吉は自身の祖母や祖父、母をモデルにこの小説を構想したそうだが、それがこの小説を、若書きであることを補って余りある、血の通ったものにしているような気がする。
とりわけ読みどころはあれほど矍鑠として一家を裏から切り回してきた花が病に倒れ老いさらばえた姿をみせる、第3部の終盤。このあたりの描写は、のちに有吉が書く、認知症の介護を主題とした『恍惚の人』にも通じるところがあるかもしれない。しかもこの小説は花の死をもって終わったりせず、もう余命いくばくもないと宣告されながら生き続ける花を横目に、紀州の大地の変貌を記して終わるのだが、このあたりのオープンエンド感も『楡家の人びと』っぽいなと思ったりしたのだった。

