内村鑑三『ぼくはいかにしてキリスト教徒になったか』を読んだので感想。
本書は、日本におけるクリスチャンの代表的人物である内村鑑三による半生記。「なぜ」キリスト教徒になったのか、ではなく、「いかにして」というところがみそで、宗教的な洞察よりは内村自身の人生に沿って、キリスト教経験を叙述していく。
わたくしが読もうと思ったきっかけは、岡本亮輔『キリスト教入門の系譜』がおもしろかったこと。代表的クリスチャンの一人である内村の著作を一つくらい読んでみようか、というモチベーションで軽い気持ちで手にとったのであった。岩波文庫の『余はいかにしてキリスト信徒となりしか』よりは光文社古典新訳文庫のほうがライトタッチな気がしたので、こちらを選んだ。
札幌農学校でのキリスト教とのはじめての接触、学友たちと信仰を深める日々、独立して教会を建て、そしてアメリカの地でキリスト教国の空気を直に吸い込む…。内村の20代後半までの経験が、生き生きとした筆致で叙述されている。札幌農学校での仲間たち(あの新渡戸稲造もこのサークルの一員だったんですね)との実践は、彼らが真摯にキリスト教と向き合っていたことを強く感じさせ、明治期の青年の熱気のようなものが伝わってくる。
わたくしがとりわけおもしろく読んだのは渡米の経験を語る後半部。明治期の日本にあってクリスチャンはあきらかに異邦の人という感じだが、アメリカでまさしくストレンジャーとしてキリスト教の国と人々を眺め、時に失望しながらも自身にとってのキリスト教を鍛えてゆくさまは、キリスト教受容という文脈を超えて異世界との葛藤・接触が書き込まれているという気がした。解説の橋爪大三郎が書いているように、クリスチャンの半生記である以上に「明治を生きた日本人の自画像そのもの」という形容がしっくりくる。

