宇宙、日本、練馬

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混沌とした狂気とその切断―『日本のいちばん長い日』(1967年版)感想 

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  岡本喜八監督『日本のいちばん長い日』をみました。先日読んだ『日輪の遺産』をレンタルしようかとも思ったんですが、やっぱり古典的なやつを見とこうかなと思ってこちらを視聴。公開は1967年、もう半世紀近く前の映画なのにも関わらず、現在でも十二分に視聴に耐えうる、それほどのパワーのある作品だと感じました。以下で感想を。

 狂気を混沌のなかに描く

 本作は、1945年7月26日、日本が連合国の発表したポツダム宣言を認識するところからはじまる。そこからかけ足に原爆投下、降伏という方向性が定まっていく様子などを駆け足で追って、そして8月14日、正午から翌8月15日正午、つまり玉音放送までの一日=「日本のいちばん長い日」の混乱が描かれる。

 ポツダム宣言受諾をめぐって、徹底抗戦を主張する陸軍相阿南と鈴木総理大臣らの喧々諤々の議論なども丹念に取り上げつつも、メインはそうした政治劇にあるのではないだろう。メインとなるのは、そうした降伏に向かおうとする政治的決定が行われる中で、それを拒んで戦おうと蠢くものたちではないかと感じた。

 降伏を潔しとせず、クーデターを画策する畑中健二少佐ら陸軍の一派や、徹底抗戦の構えを崩そうとしない厚木基地司令小園安名大佐、畑中らに呼応してに鈴木貫太郎襲撃を企てる佐々木武雄大尉。それら三者三様の徹底抗戦への意志を、フィルムは執拗に描写する。

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 それぞれ三者三様のドラマがあるわけだが、特に尺を多く取って描かれるのは宮城事件、つまり畑中少佐、竹下正彦中佐らのクーデタだ。彼らは降伏をよしとせず徹底抗戦のために宮城を占拠、すでに録音された玉音盤を奪取しようと試みる。

 ここらへんの描写のスリリングさ、スピード感は圧巻で、失敗に終わるという史実を知ってはいても、このクーデター、成功するんじゃないかと思うほど。それと畑中少佐を演じる黒沢年男の鬼気迫る演技がとにかく凄い。

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 この目の見開きっぷり、絶え間ない絶叫のごとき台詞の数々。畑中少佐の演技ももちろんすごいんだが、畑中に呼応して総理大臣襲撃を企てる佐々木武雄大尉を演じる天本英世もすさまじい。

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 これぞまさしく狂気。多分、ドラマ的には宮城事件という一大クーデターだけを取り上げても映画は成立するんじゃねーかという気がするんですが、あえて様々な動きを拾い上げ、全体に混沌とした印象を与えるような構成になっている気がした。それは多分、この「日本のいちばん長い日」をとりまく狂気を、迫真性を込めて描くための必然だったんだろう。

 

〈空〉こそが狂気を切断する

 そうした狂気の徹底抗戦に人々を駆り立てる論理は、「降伏しては、日本の信じ、勝利のために死んだ英霊に申し訳が立たない」というもの。「生きて虜囚の辱めを受けず」なんて論理がまかり通って、無数の人々を戦場で死なせたことを考えると、「申し訳が立たない」、というか、それらの死をある意味で無駄死にだと認める降伏という選択は、確かに受け入れがたいものだったろう。

 この論理は、決して事実によって覆ることはない。その根拠としているものが、物言わぬ死者だからだ。その死者の死に対して生きているものが一方的に意味を付与し、それを原動力に駆動する徹底抗戦の論理。しかもそれが死者を死なせた理屈によって補強されるから、なおさらこの論理は強固になる。陸軍相をはじめとする徹底抗戦派の高官たちは、死者に意味付けをしてしまったことで、それに強く縛られ降伏に対して反対の態度をとる。

 しかしそれでも、この時期に徹底抗戦の狂気は切断され、「八月革命」なんて後に言われるほどの大転換が生じた。それはなぜか。単純に答えられる問いではないと思うんですが、この映画では天皇が重要な役割を担う。それは映画が玉音放送で締めくくられることからも明らかだ。

 

 本作で、松本幸四郎演じる天皇裕仁の顔を映すことを極力避ける。以下の場面が好例だ。

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 まさしく世紀の決断を下した人物の顔を、カメラは決して映さない。中心にいながら、その存在はまさしく〈空〉。そうした存在によってしか、「死者」によって駆動する狂気を止める手立てはなかったのかもしれない。こんな書き方をすると僕が天皇という存在に過剰な意味付けをしているみたいですごく嫌なんですけど、この映画ではそう描かれていた気がする。

 作中で天皇がそのように描かれた理由としては、巡幸やら皇太子結婚やらでメディアによって天皇のイメージががっちり形成されてしまって、顔を映してしまってはあまりに偽物っぽく映ってしまうからなのかなーとかも考えたりしたんですが。まあ意図はどうあれ、顔を映さないことが大きな意味を与えてしまっているような気がします。

 とはいえ天皇の聖断ですら狂気を完全には押しとどめられなかったという事実は、この映画の主題である様々な決起のあり様からもわかろうというものですが。

 

 そんなわけで大変面白く見たんですが、この映画の日本って完全に「被害者」でしかないんですよね。侵略戦争の痕跡が全然ないように思えた。いや確かにそんな側面を描く映画ではないんですけど、さすがにどうなんだろうと。なんかリメイクの噂がたってますけど、その辺を考慮するのか、それともこのまま突っ切るのか、その辺が気になります。

2014年12月9日追記

「日本のいちばん長い日」映画化で役所広司主演!本木×松坂×堤×山崎らオールスター俳優結集 : 映画ニュース - 映画.com

 リメイクの噂は与太話じゃなくマジだったようで。副題を見る限り、より天皇に焦点が当たりそうな感じが。ともあれ楽しみです。

 2015年8月8日追記

 2015年版をみました。感想は以下で。

 

 

表徴の帝国 (ちくま学芸文庫)

表徴の帝国 (ちくま学芸文庫)

 

 

決定版 日本のいちばん長い日 (文春文庫)

決定版 日本のいちばん長い日 (文春文庫)

 

 

 

 

【作品情報】

‣1967年/日本

‣監督:岡本喜八

‣脚本:橋本忍

‣出演

 

 

  • 小瀬格:若松只一中将(陸軍次官)
  • 大友伸:吉積正雄中将(軍務局長)
  • 玉川伊佐男:荒尾興功大佐(軍事課長)
  • 高橋悦史:井田正孝中佐(軍務課員)
  • 中丸忠雄:椎崎二郎中佐(軍事課員)
  • 井上孝雄:竹下正彦中佐(軍事課員)
  • 黒沢年男:畑中健二少佐(軍事課員)

 

  • 石山健二郎:田中静壱大将(東部軍司令官
  • 森幹太:高嶋辰彦少将(参謀長)
  • 土屋嘉男:不破博大佐(高級参謀)
  • 宮部昭夫:稲留大佐(参謀)

 

  • 島田正吾:森赳中将(近衛師団 第一師団長)
  • 若宮忠三郎:水谷一生大佐(参謀長)
  • 田島義文:渡辺多粮大佐(歩兵第一連隊長)
  • 藤田進:芳賀豊次郎大佐(歩兵第二連隊長)
  • 佐藤允:古賀秀正少佐(参謀)
  • 天本英世:佐々木武雄大尉(隊長)

 

  • 田崎潤:小園安名大佐(厚木基地(第302航空隊)司令)
  • 平田昭彦:菅原英雄中佐(厚木基地(第302航空隊)副長)
  • 堺左千夫:飛行整備科長

 

  • 森野五郎:大橋八郎(NHK会長)
  • 加東大介:矢部(国内局長)
  • 石田茂樹:荒川(技術局長)
  • 須田準之助:高橋武治(報道部長)
  • 加山雄三:館野守男(放送員)
  • 小泉博和田信賢(放送員)
  • 草川直也:長友俊一(技師)