昨日の夜から今日の朝方にかけて行われた、「新文芸坐×アニメスタイル セレクションVol. 68 『東のエデン』Special あなたが救世主たらんことを」に行ってきました。テレビ版放映から6年を経た今だからこそ、神山監督にお聞きしたいことがあったので、なんとしてでもそれを訊かねば!との思いで行ったのですが、念願がかなって感無量でした。
トークショーは、神山監督作品になくてはならない存在、玉川砂記子さんと作品との関わりを軸に、『東のエデン』全体にも話題が広がるような感じでした。以下でメモと記憶を頼りに文字に起こしておこうと思います。いかんせん不完全なメモですので、なにか誤りなど発見された方はコメント欄でご指摘くだされば幸いです。
神山監督作品と玉川さんとのかかわり―タチコマについて
アニメスタイル小黒編集長(以下小黒):年に一度の神山健治監督特集ですが、今回は『東のエデン』特集。神山作品になくてはならない存在、玉川砂記子さんをお呼びしました。前々からお呼びしたいと考えていたのですが、今回念願かなって...。お話の前に、『東のエデン』を今回初めて観るという方は?(十数名程度挙手?)*1
おお、意外といる。じゃあ玉川さんの見せ場の話題はぼかす感じで...
玉川砂記子さん(以下玉川):それは期待させすぎでは(笑)
小黒:それでは『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』(以下SAC)のお話から。こっちを知らない人は...?(若干名挙手)*2
いるんだなあ(笑)。
神山健治監督(以下神山):今丁度、テレビ埼玉、テレビ神奈川で再放送もやってますので、是非ご覧になっていただければ...。
小黒:来年はSACのオールナイトを予定していますので!SACで玉川さんは多脚戦車、タチコマを演じてらっしゃいますが、どういう経緯でキャスティングを?
神山:タチコマは声は男の子っぽいイメージなんだけど、音響監督の若林和弘さんの薦めで、玉川さんに頼んでみようという話に。9体を一人で演じてもらうような無茶苦茶な役で...。
玉川:そんなことは露知らず(笑)
神山:同じ声なんだけど、最終的には少しずつ演じ分けてもらうようお願いした。15話「機械たちの時間 MACHINES DESIRANTES」はずっとタチコマたちが会話しているという回で、大変でしたね(笑)
玉川:台本見たら、タチコマA、タチコマB、タチコマC...とずっと「声:玉川」とならんでいて気持ち悪かった(笑)
神山:流石に全員一度に録音、というわけにはいきませんでしたが、3人ずつくらいは一度に録ってましたよね。
玉川:むしろ1回でやったほうが、声のトーンの差とかはつけやすかったりする。
神山:タチコマにも個性があって、かわいいやつ、バトーにめちゃくちゃ懐いているやつ...と無理をいって演じ分けてもらった。それで魅了されて、作品を作るごとに、「この人は玉川さんにやってもらおう」ということに。きっかけはタチコマ。
小黒:玉川さんの演技のおかげで、SACの話の展開が変わったりとか、そういうことはあった?
神山:「タチコマな日々」は玉川さんの演技なしでは考えられなかった。本編のタチコマの話は、『アルジャーノンに花束を』がもともと念頭にあって、だから玉川さんの演技で...みたいなことはないが、玉川さんじゃなかったら「タチコマな日々」みたいにはっちゃけることはなかった(笑)
玉川:タチコマのキャラクターと作品の雰囲気、若干乖離してるような。
神山:タチコマ和むし...。
玉川:ゲストで出演された声優の方に、「タチコマ、あれでいいの?」とか「あなたの演技、いいの?」とか言われたりした(笑)
神山:タチコマがいなかったら息苦しい(笑)
小黒:そういえば、キングレコードの大月俊倫さんも「玉川さんは天才だからね!」とおっしゃってた。
神山:大月さんは...(笑)
玉川:現場で若い人たちに「タチコマのファンです!」と言われたりする。タチコマを演じたことは自分のなかでも大きいと感じます。
『東のエデン』について
小黒:『東のエデン』では、どこらへんから玉川さんのことを意識されてたんですか?
神山:脚本の段階で考えていた。キャスティングのお話とずれるんですが、当時は僕自身青臭くって、たとえばハリウッドで毎年世界を滅ぼす監督とかいるじゃないですか(笑)。「お前去年も違う感じで滅ぼしてたろ」って(笑)。そういうのは節操のがないと思っていた。だから一人の作り手が作るものはどこかでつながらないと...という思いがあった。その意味で、玉川さんが演じたタチコマとジュイスというのは、播磨研究学園都市を通じてSACと『東のエデン』を結んでいて...。どっかでつながっていてほしい、というイメージがあった。
そしたら玉川さんにはまた口パクのない役をお願いすることになってしまった(笑)
小黒:玉川さんにはどういう経緯でお話がいった?
玉川:何月何日に始まりますので、いらしてくださいって...(笑)
神山:断られたらどうしようと思っていた(笑)。タチコマのことがあったので調子にのって「演じ分けられますか」「また口パクないですけど大丈夫ですか」と(笑)
玉川:むしろ私は口パクに合わせるのが苦手なので...(笑)。ジュイスは演じていておもしろかった。
小黒:ジュイスは機械なんだけど、人格を感じる。
玉川:私も最初は機械かと思っていたら、「演技を変えてください」と言われて...(笑)。「性格とかつけちゃっていいのかしら」と思っていたけど、現在の状況をみると個々人のスマホにも個性みたいなものがあったりするし、神山監督の着眼点はむしろあたっていたなと感じる。
小黒:着信音とか、個性がでますもんね。
神山:ジュイスの決め台詞によって、性格の差異がわかりやすくなっているかも。優しかったり、サディストだったり...。玉川さんには四姉妹も演じてもらいましたが、それもこちらの意図を上手く汲んでくださって。
玉川:詳しい設定を聞かされないまま、目の前のニンジンに釣られるみたいな感じでやっていた(笑)。今回のオールナイトのように全編通して観てみると、細かい発見があるかも。
小黒:若干ネタバレになりますけど、四姉妹は最初から設定されていた?
神山:最初はいなかった。亜東才蔵の正体や設定を掘り下げる段階で、流石に一人で声も録って...とかはしてないだろうと。今だったらボーカロイドも考えられますが...。
小黒:四姉妹とジュイスはきちんと対応関係にある?
神山:分担の設定はしていたけど、きちんとしたものは忘れてしまった。ジュイスの性格から逆算するだけでも、なんとなくはわかるはず。喧々諤々やりながら、徹夜で議論して決めた。でも最近記憶力が落ちたんで、SACと『精霊の守り人』はいつ何を決めたとか、その日の天気まで憶えてるんだけど、『東のエデン』は忙しかったんで、いろいろ忘れていることが多い。
玉川:たしかに忙しくなさっていた。
神山:もう時効だと思っていろんなところで言っているんだけど、最初は映画はなくて2クールでやるつもりだった。でも、当時のノイタミナ枠として、完全オリジナルの作品を2クールやるリスクは冒せないと。視聴率の心配もあった。ノイタミナのプロデューサーの山本幸治さんも頑張ってくださったんだけど...。
それで急遽映画化ということに。でもテレビよりむしろ時間はないし、予算もテレビの1クール分しかないし...。劇場版前編の脚本をテレビシリーズ後半のアフレコの時に書いているような状況だった。最終回をもう2回作るみたいな苦しみが...。
最初はテレビシリーズ最終話のミサイル迎撃を、劇場版のラストにもってくるはずだった。でもテレビにしか関わらないプロデューサーの松崎さん*3に、「テレビのラストにもお土産ちょうだい」と言われてしまって...(笑)
『東のエデン』は放送時もたくさんトラブルに見舞われた。北朝鮮のミサイル発射、SMAP草彅剛さんの全裸事件(場内爆笑)、豚インフルエンザの報道で放送時間がずれそうになったり...。1話をきちんと放映できないと、枠の関係で2話から放送開始になるかもしれなかった。放送を中止にしようとする力が働いていると思った(笑)
松崎さんはいろんな危機をもってもらったので、最終的にじゃあ劇場版のラストをテレビに、ということに。TV放映版とソフト版でCMの関係で音が違ったりするのは、そういう事情もあったりする。
で、最終回使っちゃったよ...と(笑)。板津が大変な目にあってる回のアフレコの時とか、上の空で脚本を考えていた。それでトイレのなかで、外を見ているときに思いついて...。綱渡りの連続だったので記憶が...。
小黒:最終回の時に脚本は全部はあがってなかった?
神山:監督とシリーズ構成は一緒にやるもんじゃないなと(笑)。『精霊の守り人』の時も「あなた、死にますよ」と言われたけど、『東のエデン』も大変だった。キャストの皆さんやクリエイターに助けられて...。
小黒:なんで記憶の話をしているのかというと、この後質問コーナーを予定していまして...。
神山:過去の記憶についてはあんまり答えられないかも(笑)。近藤勇誠の名前がいっつも出てこない。「あの4話の刑事の...」みたいな感じで(笑)
小黒:出てきてるじゃないですか(笑)
神山:今勉強してきたので(笑)。年だなと痛感する。自分で考えたキャラクターの名前なんて絶対忘れないと思っていたのに...。
質問コーナー
○質問者:過去の質問ではなく現在のことを訊きたい。『東のエデン』は現代の社会を強く意識した作品だと思うが、テレビシリーズが放映された2009年から6年が経って、日本社会も大きく変わったところも、変わらないところもあると思う。「100億円でどう日本を救うか?」という問いに、滝沢朗は2015年現在どう答えるだろうか。
小黒:いきなり核心をついた質問が(笑)。前回藤原啓次さんをお招きしたときは、最初の質問は「使ってるシャンプーはなんですか?」だったのに(笑)。
神山:玉川さんの使ってるシャンプーはなんですか?(笑)
玉川:常在菌?を殺さないようなやつを...(笑)
神山:『東のエデン』の続編はどうなるのか、というのに近い質問、答えるのは難しい。滝沢を描くとしたら、6年という時を経て彼もより老獪になっていると思うが...。
本編で描いた、オッサンと若者の断絶、という問題は現在ではより深まっているのではないか。若者の貧困の問題とか...。世界各国でテロが起こる中で、日本では起こっていないとは言うけど、そういう若者の問題はテロとも重なるような。「民主党政権の所為で、日本の背骨はぽっきり折れてしまったんだ...」というような言説とかもあったり*4。
これはイベントのたびに何度も語っていることなんですが、『東のエデン』をつくるきっかけになった事件がある。会社の若い子が、「押井守と神山健治に初音ミクの楽曲をアニメにさせよう」という企画書を、社長室の横のコピー機にわざと放置していた。僕たちの世代だったら、上に直接見せにいっていた。でも若い子はそれをしない。上の世代には話さないと決めてるんだなと。それをみて、平澤のモデルになったプロデューサーは、「若いやつらはけしからんですよ!」とまさに平澤の口調まんまで怒っていたんですけど(笑)、僕はそれでこの作品の骨子が見えた。
その断絶は、今の社会のありようの一端を示していると思う。それが未だに広く残っているのが問題のひとつ。滝沢は最後にオッサンをひっぱたいたけど、そのあとは仲良くやっていると思う。彼の在りかたは僕の理想。だから彼は自分だけじゃなく、みんながそれをできるようにしたい、そうできるように働きかけていくんじゃないか。
○質問者:滝沢のように、ニューヨークに身一つで投げ出されたら(全裸ではないとする)どうしますか?それと『東のエデン』のおかげで結婚しました!ニューヨークで式も挙げました!
玉川:ニューヨーク、寒いだろうなあ...。とりあえず、ショービジネスの裏側とかに掃除とかの仕事で雇ってもらうように頑張って、働きつつ...。生命の危機、恐怖を感じるけど、アメリカに限らず日本でも同じ状況になったら困る。
神山:6年前と違って日本に電話できるし、スマホに頼ります。あ、スマホはない感じなんだ!(笑)
小黒:じゃあスマホを手に入れるですかね(笑)
神山:以前税関で職業を訊かれたときに「アニメの監督です」と答えたら、「フーン」という感じだったのに、「何やってるの?」という問いに「GHOST IN THE SHELL」と答えたら「オオーッ!」って態度が変わって(笑)。そういうのを使っちゃう。玉川さんも「Tachikoma's voice actor」って言ったら助けてもらえるかも(笑)
○質問者:今回『東のエデン』を初めて観るんですけど、見どころを教えてください!
神山:もう時間も経ってる作品だし、人それぞれに楽しんでいただけたらいいんですけど...。一つ挙げるなら、主人公の滝沢。滝沢は絶対には現実にはいないんだけど、僕の理想像。誰もが魅了されるような、ロボットまで惚れるような男の子。 そこを観てもらえたら。
玉川:羽の生えた女の人が魅力的だと思う。いろんな過去があるんだけど、それは具体的には語られない。それを想像するのが楽しいと思う。
○質問者:滝沢の表情について。序盤はころころ変わるけど、終盤になるにつれて序盤ほどには変化に乏しくなるような印象がある。これは意図的なものなのか。
神山:『東のエデン』は、滝沢の記憶をめぐる冒険でもある。進むごとに、彼はつらい記憶に再会することになる。だからそういう意味では暗くなるんだけど、僕たちの力量不足の面もあるかも...。スケジュールが...(笑)
○質問者:滝沢と咲の約束は果たされたのか?『Xi AVANT』などスピンオフとの関係は?
神山:僕は本編中で果たされたと思っている。でも女性スタッフはじめ、女性だけじゃなくいろんなスタッフに「女心がわかってない!」と言われた(笑)。「後で絶対迎えに行くから!じゃなくて、どんなにつらいことが待っていようとも、それでも手を引いてほしいんだよ!」って(笑)。
劇中で果たされた、と受け取ってもらえていないなら、これも僕の力量不足。続編やスピンオフでいろいろあるけど、僕は続きを描くなら『東のエデン』を作りたい。『東のエデン』として作りたい。年を重ねた彼ら・彼女らの続きを描きたいと思っている。
○質問者:ジュイスは作中で成長していくが、最終的にゴーストは宿ったのか。
玉川:それがゴーストなのかどうかはわからない。人間にはたしてゴーストがあるのか?という問題にもなる。SACでも、タチコマたちは人間よりも人間らしかった。でもジュイスが機械にゴーストが宿った最初の例の一つなのかも。
○質問者:名台詞を生で聞きたい!
玉川:「ノブレス・オブリージュ。あなたが今後も救世主たらんことを!」
神山:「素敵な王子様~」のバージョンもお願いします!
玉川:「ノブレス・オブリージュ。あなたが今後も素敵な王子様たらんことを!」
最後に
神山:『東のエデン』のイベントは毎回楽しみ。ファンと会うと愛や熱量を感じてハッピーになる。作品とファンが一体となれた作品だったなあと。続きがみたい、という声を聞くことも多くて、作り手冥利に尽きる。明日へのエネルギーになる。
玉川:普段は狭いスタジオで、一人とか、数人とかでお仕事していて皆さんの前には出没しないので、緊張するかと思ったけどそんなことはなかった。私も観客の一人のような気持ち。
『東のエデン』にまつわるエピソードにもたくさん触れられ、また多くの人たちの作品に対する思い入れを強く感じ、とても楽しいイベントでした。それと完結編たる『東のエデン 劇場版II Paradise Lost』って、夜に物語が幕を開けて、朝陽とともにエンドロールに突入するんですよね。それがオールナイトの終了と奇妙にリンクしていて、爽快かつ得難い経験をしたなあと、改めて思います。
神山健治監督、玉川砂記子さん、そして企画してくださったアニメスタイルの皆さん、本当にありがとうございました。
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あまり関係ありませんが、今日この日、大阪都構想をめぐっての住民投票があったわけですが、それに「オッサンと若者との断絶」をみてとるような言説が噴出していて、なんというか、『東のエデン』は古びていないのだな、と思ったりしました。現に対立があるのだ、ということではなく、そのような対立を読みこんでしまいたくなる欲望がそこかしこにある、という意味で、「オッサンと若者」という対立軸はいまだ失効せず、再生産され続けている様を目の当たりにした思いがしました。
滝沢朗は未だに理想像たり得ている、との思いを強くしました。