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「真実」の創生――『デトロイト』感想

【映画パンフレット】 デトロイト 監督 キャスリン・ビグロー キャスト ジョン・ボヤーガ ウィル・ポールター アルジー・スミス

 『デトロイト』をみました。以下感想。

  半世紀前。アメリカ合衆国公民権運動が実を結び1964年に公民権法が制定されてなお、アフリカ系の人々は差別と抑圧のただ中にいた。そんななか、1967年のデトロイトで酒場の摘発をきっかけとして、大規模な暴動が発生。建物は焼かれ商店は略奪に遭うという無秩序状態に陥り、軍も出動する事態に。重火器をもつ警官と兵士とが闊歩し、装甲車と戦車が街路を横切る様は、まさに戦場だった。秩序が崩壊した街で、正義を振りかざす警官の力が、おぞましい事件を生み出す。

 『ハート・ロッカー』、『ゼロ・ダーク・サーティ』のキャスリン・ピグロー監督の最新作は、戦場と化したアメリカ合衆国デトロイトで実際に起きた、警官にかかわる殺人事件を取り上げる。街が暴動によってカオスになっていくさまを、記録映像をときおり挿入しつつ、名無しの人々をカメラに写し続けることで、まさに状況そのものを主役のように描いていく序盤、そしてそのなかで一人一人の人間たちが固有名を背負った存在として立ち現れてゆき、彼ら個人の意思と尊厳が踏みにじられていく中盤、その事件の顛末が語られる結部、とおおまかに三つのセクションに分けられる。

 本作の見どころは明らかに中盤、モーテルでの発砲騒ぎに端を発する尋問・拷問のシークエンスで、この事件が全体の核となっているのだから当然のことではあるが、いつ終わるとも知れぬ警官による圧迫が長々と続く。この発砲事件の発端が、競技用のピストル、すなわち銃弾を発射する機能のないおもちゃであることを、私たちは知らされる(エンドクレジット前の字幕によると実際に銃は発見されていないようで、事実は知りようがないが、脚色としてはかなりもっともらしい)。しかし、銃撃を受けたと錯覚する警官たちは、このモーテルに銃があるのだと信じて疑わない。権力=暴力を発動してしまった以上、「自分たちの勘違い」では収まりがつかない。だからこの尋問と拷問は、はじまった瞬間から答えが出ない、終わりようがないものであることを観客である私たちは知っている。最悪の結末に至るまでの長い時間を、その予感を抱きながら、長時間にわたってスクリーン上でいたぶられる人々を眺めつづけなければならないのである。

 このシークエンスの苦痛によって、この映画はエンタメ的なものから遠く離れたなという気がする。映画としてみたら、この尋問・拷問シークエンスの物理的な長大さは、映画としてのバランスを歪にしているようにも思う。しかしそれによって、この映画はこちらの心理に強烈な印象を残してもいる。

 この事件の顛末は、それは半世紀前の事件であるにも関わらず、極めていま・ここと共振している。権力とはなにか。それは暴力によって基礎づけられるものである。その暴力とは、単に物理的に人々を痛めつけるに留まるのではない。権力のまとう暴力性とは、物事の「正しさ」を措定し、実際に起こった事実を切り取り貼り合わせて「真実」を創り上げてしまうのだということにある。「正しさ」をめぐる神々の戦いは、現在その激しさの度合いをますます強めている。だから、権力が暴力によって真実を作り出し、その前に個人の生が膝を屈してしまう、その敗北の物語が語られねばならなかったのだろう、と思う。

 

 

【作品情報】

‣2017年/アメリカ

‣監督:キャスリン・ビグロー

‣脚本:マーク・ボール

‣出演

  • ジョン・ボイエガ - メルヴィン・ディスミュークス
  • ウィル・ポールター - フィリップ・クラウス
  • アルジー・スミス - ラリー・リード
  • ジェイコブ・ラティモア - フレド・テンプル
  • ジェイソン・ミッチェル - カール・クーパー
  • ハンナ・マリー - ジュリー・アン
  • ケイトリン・ディーヴァー - カレン
  • ジャック・レイナー - デメンス
  • ベン・オトゥール - フリン
  • ジョン・クラシンスキー - オーバック
  • アンソニー・マッキー - グリーン
  • ジョセフ・デヴィッド=ジョーンズ - モリス
  • イフラム・サイクス - ジミー
  • レオン・トーマス3世 - ダリル
  • ネイサン・デイヴィス・Jr - オーブリー
  • ペイトン・アレックス・スミス - リー
  • マルコム・デヴィッド・ケリー - マイケル・クラーク
  • ベンガ・アキナベ - オーブリー・ポラード・シニア
  • クリス・チョーク - フランク
  • ジェレミー・ストロング - ラング
  • ラズ・アロンソ - ジョン・コニャーズ・Jr
  • オースティン・エベール - ロバーツ
  • ミゲル・ピメンテル - マルコム
  • クリストファー・デイヴィス - 酒場のパトロン
  • サミラ・ワイリー - ヴァネッサ
  • タイラー・ジェームズ・ウィリアムズ - レオン
  • グレン・フィッツジェラルド - アンダーソン刑事