『ID :INVADED イド:インヴェイデッド』をみました。舞城王太郎という作家は、やるべきことをやるべき水準で間違いなくやってくれる作家なのだという確信を深めました。以下、感想。
荒唐無稽な世界。いつのまにかそこに投げ込まれている男。見知った女の死体。思い出される使命。男の名は、酒井戸。殺人犯が残した殺意の世界=イド=井戸に潜り、事件解決の糸口をつかむ名探偵。酒井戸=鳴瓢秋人は、妻子を殺した殺人犯の影にうごめく連続殺人鬼、ジョン・ウォーカーを見つけ出し、世界に調和をもたらすことができるのか。
無意識の世界に潜って活動する荒唐無稽な「名探偵」の活躍を描く、SF推理ドラマ。脚本を務めるのは、『ディスコ探偵水曜日』『九十九十九』など、「名探偵」の資格と使命とを執拗に反復・変奏してきた異才の小説家、舞城王太郎。アニメにかかわるのは『龍の歯医者』以来だが、より舞城という作家のホームグラウンドに接近しているのは、この『ID :INVADED』であることに疑いはない。しかし、やはり『ディスコ探偵水曜日』で「名探偵」をめぐる問題系の究極までたどり着いたという意識がそうさせるのであろうか、あれほどまでに執着していたその問題系の変奏はこの作品ではやや後退し、一本筋の通ったシリーズを構築する職人の仕事という印象が強いかもしれない。とりわけ、異世界という仕掛けを利用して、回想ではない仕方で過去の重要な出来事の情報を無理なく提示する手際は非常にスマートだった。
監督は、『空の境界』、『Fate/Zero』などの異能バトルアクションで現在のufotableの原点ともいうべき仕事を残したあおきえい。小玉有起のやや生硬な印象を残すキャラクター原案にもかかわらず、魅力ある映像世界を構築しているのはあおきの手腕によるところ大なのではないかと推察する。
「殺意の中の異世界に潜る(そしてその中に入れ子構造的に異世界がある)」という仕掛けは、クリストファー・ノーラン監督『インセプション』を想起させる。その『インセプション』の露骨なフォロワーとして、伊藤智彦監督・野崎まど脚本の『HELLO WORLD』を挙げてもよいように思うが、同作がビジュアル的には『インセプション』の二番煎じという感を超えなかったのに対して、『ID :INVADED』1話の「バラバラの世界」のビジュアルと、またアニメ的なはったりをきかせたアクションのギミックは、より巧妙なアダプテーションがなされていると感じる。
先に述べたように、この作品における舞城の作家性はやや抑制されているようにも思え、『ディスコ探偵水曜日』や『ジョージ・ジョースター』でみせた破天荒ぶりは禁欲されているとも感じる。それはテレビシリーズというフォーマット、あるいはアニメ制作という共同作業のなかで、テクストのようには自身の作品世界を融通無碍自由自在には構築できないという制約によるものなのかも、とも思う。
破天荒ぶりが舞城王太郎のテクストの大いなる魅力ではあることは疑いないが、しかしそうした制約が、この作家の仕事の誠実さを損なってはいないところに、この『ID :INVADED イド:インヴェイデッド』のえらさはあるだろう。かつて絶対に子どもを救う探偵、ディスコ・ウェンズディを主役に据えたこの作家は、この作品では「子どもを救うことができなかった警察官」の物語を語った。また、幾度も幾度も救えなかった少女に対して、必ず救いに行くことを約束こそ交わしたが、救済それ自体は繰延されて結末を迎えることになる。
我々は思い知らされている、世界の破局のような出来事のあとでも、世界は終わったりせず、我々の人生は続いていくのだと。だからこそ、決定的に敗北したあとも戦い続ける探偵の姿は、我々を勇気づけるのだ。決定的な破局を経てなお探偵であろうとする名探偵、ダウナーな横顔に不屈の魂を宿したその男の生きざまに、究極の名探偵のその先に歩を進めようとする作家の矜持が宿っていると信ずる。