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いつか忘れてしまう旅の記憶——『カモン カモン』感想

【映画パンフレット】カモン カモン 監督 マイク・ミルズ キャスト ホアキン・フェニックス, ウッディ・ノーマン, ギャビー・ホフマン,

 『カモン カモン』をみました。おそろしい時間だったぜ。以下、感想。

 アメリカ合衆国、現代。ラジオ局に勤務する男、ジョニーは、ロサンゼルスに住む妹に頼まれ、甥のジェシーの面倒をみるよう頼まれる。数日で終わると思っていたその役目は、妹の旦那の病状が思わしくないことでのびのびになっていき、ジョニーは自身の仕事のため、ジェシーをニューヨークに連れてゆく。たぶん遠からず忘れられる、そんな旅の記憶。

 『サムサッカー』、『20センチュリー・ウーマン 』のマイク・ミルズ監督の最新作。主演に『インヒアレント・ヴァイス』、『ジョーカー』のホアキン・フェニックス。モノクロの画面で男と甥の日常のささやかな出来事が写し取られ、ジョニーが仕事の中で行う少年少女へのインタビューの断片が印象的に挿入される。

 いうまでもなく、ジェシー役のウディ・ノーマンがめちゃくちゃに達者で、自分の感情をうまくコントロールできず、しかし他者の感情の機微を敏感に感じ取る繊細な少年が生々しくそこにいる、というリアリティを担保している。独身で、それまで子育ての経験などなかった男が、この少年とずっと過ごすうちに感じる葛藤や自身の至らなさへの自責感が、画面の向こうのわたしたちまで突き刺すように迫ってくる。こどもと接したときの「試されている」という感覚―—それはこどもの無垢さという幻想からくるのではなく、こども自身が「こども」という位置価を熟知してあえて抜身の刃物で切りかかるかのようなふるまいをするがゆえに生じる——の迫真性が、この映画のすごみの一つだろう。

 とはいえ、そうした生々しいリアリティ感覚の恐ろしさだけがわたしたちに手渡されるだけでは無論なく、旅の終わりを自覚する男と少年が交わす会話のなかで語られる、この時間が終わってしまうことの切なさみたいなものが、映画の終わりへと誘われるわたしたちの感受するそれとオーバーラップする。少年にとってはいつか忘れてしまう旅の記憶で、叔父にとっては忘れがたい思い出の一つ。その切ない手触りが、この映画をあたたかなものにしている。

 旅の始まりのころ、男が甥に語った、なぜ録音をするのか、という独白にほとんどこの映画のモチーフは語られているという気がして、なんだか保坂和志『プレーンソング』の8ミリカメラの男みたいな仕掛けだなと思うんだけど、平凡な時間を永遠のものとして閉じ込めることのできる、そのおもしろみというのは確かにあって、それがいつか忘れてしまう旅の記憶をずっと生き延びさせる可能性をひらくなら、それは悪いことではないでしょう。