宇宙、日本、練馬

映画やアニメ、本の感想。ネタバレが含まていることがあります。

ほのかな光——『エンパイア・オブ・ライト』感想

エンパイアオブライト 映画チラシ オリビアコールマンマイケルウォードコリンファース 2023年2月 洋画 フライヤー

 サム・メンデス監督の『エンパイア・オブ・ライト』をみました。以下、感想。

 1980年代、イギリス。海辺の街にある映画館、エンパイア劇場。かつて4つ稼働していたスクリーンもいまは2つのみになってはいたが、それでも住民が通ってくる場所ではあった。そこで現場を取り仕切る壮年の女性、ヒラリーは、支配人に望まぬ性的関係を強要されたりしながらも日々を過ごしていたが、あるとき新入社員として現れた青年と、思わぬ交感を重ねていく。

 『アメリカン・ビューティー』、『007 スカイフォール』のサム・メンデス監督の最新作は、白人の壮年女性と黒人青年のほのかなロマンスを描く。主演は『女王陛下のお気に入り』のオリヴィエ・コールマンと、おそらくこれが大抜擢であったろう、マイケル・ウォード。

 『炎のランナー』のプレミアや、黒人へのヘイトクライムなど、劇中に大きな出来事が設定されていてそれがドラマを駆動させるが、しかしそれが過激になりきならない、抑制されたドラマがこの映画の魅力だろう。支配人への制裁も、同時代の出来事もあくまで背景にすぎずさらっと流れてゆく。映画そのものへのフェティッシュもさほど前景化することなく、『バビロン』のはしたない引用の身振りを目にして辟易したばかりだったから、この上品さになんとなく救われた心持になる。俳優陣の演技も上品な雰囲気を下支えする見事な仕事ぶりで、とりわけマイケル・ウォードが演じる青年の、落ち着いたやさしげなまなざしはすばらしい。

 登場してすぐに傷ついた鳩を手当てして好感のもてる人間として立ち現れたかと思えば、そのあと、劇場を訪れた足の不自由な老人を茶化すという年相応の残酷な軽薄さを垣間見せて、単に「素朴な善人」という類型からずらしてみせるあたりも気が利いている。やさしさと矛盾なく同居する軽薄さがあればこそ、この奇妙に浮遊するラブストーリーが説得的になっていると思う。この年の離れたカップルを結び付けるためには、たぶん考えなしに行動してしまう軽薄さが要請されるのだから。

 ポスターにもつかわれている、画的にもっとも美しい、映画館の屋上からながめる冬花火の場面を序盤に配したあとは落ち着いた上品な雰囲気の場面が続き、結部の新緑も目を見張るような美しさではないが、それがむしろこの映画にはあっている。映画的な時間をすごせる、すぐれた佳作です。