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素朴な声援、批評の擁護────『数分間のエールを』感想

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 『数分間のエールを』をみました。以下感想。

 趣味でミュージックビデオ(MV)制作に没頭する高校生、朝屋彼方は、土砂降りの雨の中、駅前で熱を込めて弾き語りする女性に心奪われる。その楽曲のMVを制作したいと熱望する彼方だったが、なんとその女性シンガーソングライター、織重夕は、教師として彼の通う高校に赴任してきたのだった。もう音楽の道はあきらめたという彼女だたったが、彼方の熱意にほだされ、楽曲のMV制作を許可するのだが…。

 ヨルシカなどのMVを手掛けてきた映像制作集団、Hurray!による劇場アニメーション。ミュージックビデオ制作を実際に手掛けてきたクリエイターが、まさにそのミュージックビデオ制作を主題に作品を送り出したというわけだ。キャラクターは3DCGで描画され、モデリングは素朴だが影を大胆につけることではったりをきかせ、また淡い印象の背景とあわせ、一枚絵のようなかたちで画面を提示する場面も少なくないことで、その素朴さは十分にカバーされている。

 脚本には『響け!ユーフォニアム』シリーズや、いまもっとも話題を集めているTVアニメであろう『ガールズバンドクライ』の花田十輝がクレジットされているが、お話の骨格部分はおそらくHurray!によるものなのだろうと推察する。その理由はお話の(モデリングと相似形の)素朴さで、創作をめぐるプリミティブな主題が扱われているが、音楽制作もミュージックビデオ制作も絵画の制作も、すべて「モノづくり」(このワードチョイスがいかにも素朴という気がする)でくくってしまうことや、音楽で「食っていけない」という水準の挫折と、美術大学への「進学をあきらめる」という挫折が同じ水準のものと作中の人物に了解されていること等は、かなり強引な力技という気がしてならなかった。

 主人公の彼方の行動は短絡的である種の痛々しさをともなっており、それを花江夏樹の演技がカバーすることによってぎりぎり愛すべき少年になっているのだが、挫折をまだ知らない少年が、だからこそ伝えうるメッセージを届ける、という展開は、この映画のさまざまな意味での素朴さそのものを救ってしまうような構造になっているという気がした。

 ミュージックビデオは、この作品のなかでは、楽曲を映像制作者の視点から解釈して出力されるものとして提示される。一度は楽曲の制作者の意図を汲んでいなかったものとして否定される彼方のミュージックビデオが、軽音部からはむしろ「思ってもみなかった解釈」として肯定的にとらえられ、そうした新たな価値の創造こそがMV制作者の仕事なのだとこの作品は教える。それは言い換えれば、批評といっていい。

 『数分間のエールを』はミュージックビデオ制作を主題にしているが、語っているのはむしろ、創作をめぐる語り、批評の擁護であるといっていい。批評は作者を裏切ってもよい。むしろ裏切った末に新たな境地を切り拓いてみせることが批評なのだ。こんなことはわざわざ口に出さなくてもわかりきったことだが、だからこそあえて「エール」として改めて叫ばれてもよいのであって、そうした素朴さが全体として救われていることに、わたくしなどはぼんやりとした安堵を覚えたのだった。

 

 

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