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きみとセカイの証明────『夏へのトンネル、さよならの出口』感想

夏へのトンネル、さよならの出口

 『夏へのトンネル、さよならの出口』をみました。おもしろかった!以下感想。

 かつて妹を事故で喪い、そのことで家族も崩壊状態になってしまった少年。父から逃げるように飛び出した先で、うわさで語られる、年を取ってしまう代わりに「ほしいものが手に入る」というウラシマトンネルをみつけてしまう。偶然にも、そのトンネルの秘密を転校生の少女と共有することになった少年。それぞれトンネルで見つけ出したいものがある少年と少女は、ひと夏の協力関係を結ぶことになる。

 八目迷によるライトノベルのアニメ映画化。監督は『アクダマドライブ』・『BLEACH 千年血戦篇』の田口智久。アニメーション制作は『映画大好きポンポさん』のCLAP。ビジュアルにおいては、ひなびた田舎町の風景が強い印象を残し、人影のない無人駅や廃墟のトンネルに象徴されるよう、画面全体に寂寥感が漂い、どことなくセンチメンタリズムを喚起する。キャラクターデザインもまた儚げで、全体として静謐な空気を醸し出している。

 この静けさと感傷は否応なしに初期の新海誠のフィルモグラフィを想起させ、キャラクターのアクションは必ずしもダイナミックではないが、美しい背景が雄弁に存在感を主張する演出や、どこか黄昏の予感をまとう透明感あるビジュアルは、新海作品を周到に研究した結果の産物ではないかと思わせる。

 そして、男女が時間という壁に隔てられながらもメールのやりとりをするというシチュエーションは、新海の名を一躍知らしめた『ほしのこえ』と相似形。原作者のインタビューによれば『インタステラー』からの直接の着想を得たとのことだが、アニメ化に際して全体として作品の雰囲気を決定したのは、新海誠のフィルモグラフィのように感じられる。

独占インタビュー「ラノベの素」 八目迷先生『夏へのトンネル、さよならの出口』 - ラノベニュースオンライン

 しかし、すべてが新海誠的なものでかたちづくられているかといえばそうではなく、例えば結末のハッピーエンドは『ほしのこえ』とは似ても似つかないし、また「冥界くだり」のようなシチュエーションにおけるある種のグリーフワークという骨格は『星を追う子ども』と共通しているが、新海はかつてここまで荒廃した家族関係を描かなかったし、国民的作家となった今となってはおそらく描きえないだろう。その意味で、新海的でありながら明白に新海のフィルモグラフィとはちがう手触りの作品になっている。

 この映画においては、少年少女以外の登場人物はほとんど舞台背景レベルの存在といってよく、それは少年が、過去の出来事(とそれがもたらした家庭環境の荒廃)によって、世間にほとんど興味を持てずにいるがゆえだろう。同居している父親の救済のようなものがサブプロットとして組み込まれる可能性は容易に想像がつくが、しかし徹頭徹尾少年と少女すなわち「わたし」と「きみ」の関係性のドラマにフォーカスがあてられ、だから「きみ」との再会によってこの物語はハッピーエンドの条件が整う。

 この作品でとりわけ印象に残ったのはその非‐社会性で、「きみ」によって世界につなぎとめられる「わたし」の感覚、それ以外ではセカイの存在証明が成り立ちえない水準での「わたし」と「きみ」の関係性、そうしたものがおそるべき純度で提示されていること、そのことに驚きを覚えたのだった。