『陪審員2番』をみたので感想。このためだけにU-NEXTに登録する羽目になったのであった。
ある殺人事件の陪審員に選ばれた男。あるカップルが酔っ払った末の諍いで、男が女を殺した、なんてことのない事件のはずだった。しかしそれがおこった場所、おこった日付が、恐るべき事実を男に突き付ける。
クリント・イーストウッドの監督引退作とされる作品は、秘密を胸中に隠した男を主役とする、スリリングな法廷劇。日本ではまさかの劇場未公開だが、クリント・イーストウッドの監督としての冴えはまだまだ健在と感じさせる、優れた劇映画であった。
みなが男の有罪を確信する中、主人公だけがそれに疑問を呈する…という展開は、不朽の名作『十二人の怒れる男』を想起させる(ひとり窓の外を眺める男の姿はまさしく引用でしょう)が、その男こそが殺人事件の真犯人ともいえるひき逃げ犯だった、というひねりが利いていて、それが作品全体に大きな緊張をもたらす。
冤罪でまさに有罪になろうとする男は、ろくでなしのようだし、多くの人がその罪責を疑ってはいない。女性検事は自身の立身出世のため、なんとしても有罪を勝ち取りたい。一方、ニコラス・ホルト演じる陪審員2番の男は、自分の罪を述べたならばそれは人生の破滅を意味する。身重の妻の身を案じるならば、その選択肢はどうしてもとりたくない。この葛藤の中に観客も投げ出され、良心の呵責を追体験させられるような趣があり、それがこの映画の大きな求心力になっている。
保身と正義とのあいだで苦悶する男は善良にみえるが、ひとたび腹を決めて決断した後はおそるべき冷血漢のようにも映る。この小市民の落差というか二面性が、この映画のなかでもとりわけ印象に残る。
冤罪で裁かれてしまう…という結部は『ミスティック・リバー』を想起させるが、こちらは最後の最後で意外なショットが挿入されてエンドロールに入るので驚いた。とにかく、劇場公開されないのがもったいない、快作でした。