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平成いちばんの悪────宮部みゆき『模倣犯』感想

模倣犯1 (新潮文庫)

 宮部みゆきの本ってたぶん読まずにきてしまったんだけど、なんとなく『模倣犯』を手に取ってみました。以下、感想。

 区内の公園で発見された女性の腕。行方不明になった若い女性の親族たちはさらなる不安を抱くが、犯人はそうした家族にめをつけもてあそび、テレビを利用した劇場型犯罪へと事態は展開することになる…。

 1995年から『週刊ポスト』に連載され、2001年に単行本として刊行された、宮部みゆきの代表作の一つ。連載中に『理由』で直木賞を受賞し、作家としての確固たる名声を得て、まさに脂ののった時期の作品といっていいだろう。この『模倣犯』を図書館から借りてきたわたくしの母親が熱心に読んでいたことを記憶しているので、当時は相当広範に読まれたのだろうな、と思う。森田芳光監督、中居正広主演の映画化も大いに話題になった。

 文庫本にして5巻におよぶ大作がよくもそこまでポピュラリティを獲得したものだと驚くが、読んでみて納得。とにかくリーダビリティが高く、先の気になる展開と語りの焦点人物を自在に変えて、飽くことなく物語に巻き込まれているという感覚で読んだ。

 特に、さほど重要でない人物に視点が移った時もディテールの書き込みであっという間キャラクターを立ててしまうのはさすがの筆力で、作家たるものこの程度の類型的なキャラクターなど無尽蔵に書き込めるのだぞという自信に満ちている。それがこの小説が長大なものになっている理由の一端でもあって、(わたくしがかつて入れ込んでいた福井晴敏文学賞の選考でしばしば評されたように)長い、くどいという印象を持たんでもないのだが、それでも物語の磁場が強力で焦点がずれないのでさほどの瑕疵ではないのだろうとも思う。

 被害者側に視点を置き犯人に翻弄される第1部はストレスフルだが、結部で犯人らしき二人組が自動車事故で死亡の報が入って、急転直下で犯人の視点から事件をながめる第2部、そして真犯人が姿をあらわにする第3部という構成。

 下記のインタビューで、この作品は1989年におこった宮崎勤事件に触発されて書いたと述べているが、バブル崩壊後、阪神淡路大震災オウム真理教による地下鉄サリン事件などに象徴される不安な時代の空気を吸い込んだ作品という感じを受けた。

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 公園で発見されるバラバラ死体というモチーフは、1994年におこった井の頭公園バラバラ殺人事件を想起させるが、上記の記事では特に触れられていない。同事件に取材した作品として桐野夏生『OUT』が即座に想起されるが、いま・ここから見返してみると、現在と地続きのアクチュアリティをもっているのは『OUT』やなあと思う。それは労働のディテールによるところも大きいかもしれない。どちらも女性が鮮烈な活躍をするが、ルポライターの前畑が最後は家庭にすっぽりおさまる気配を醸し出すのに対して、『OUT』の非正規雇用の女たちの佇まいのハードボイルドぶりよ…。

 真犯人のピースも、キャラクターとしての、悪役としての格が最後に一気に落ちてしまうのが残念。『ダークナイト』のジョーカーに比肩するような…とまでいったら高望みしすぎかもしれないが、この長大なテクストに付き合ったのだから、それにみあった鮮烈な悪のありようをみせてほしかったというのが正直なところ。

 そのあたり、原作とは異なる結末をもつという森田芳光による映画版をみると印象が変わってくるのかもしれないが(映画版のオチ、どこで知ったか忘れてしまったんだけど既に知ってはいるのよね。むろんそれを知っているからどうということでもないんだろうけど)。ドラマ版では坂口健太郎が演じているようだけど、たしかにスマートさともろさを併せ持った原作のキャラクターとはマッチしている気がする。

 しかしあっという間に読んでしまったので、わたくしの負けです。あとは『火車』あたりも読んでみようかしら。

 

 ポピュラリティでいったらピース君は日本列島で書かれた平成期の小説ではいちばん有名な悪党かもしれませんわね、小説の長大さがその悪の彫琢に奉仕していれば…と思うんだけど、そういう小説ではないことも理解はします。

 小説でこれは!という悪役について考えてたんだけど、アントン・シガーってやっぱりすごいですわね。これはコーエン兄弟の映画版、というかハビエル・バルデム凄すぎなせいかもだけど…。

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