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批評性、明快さ——アニメ『鬼滅の刃』感想

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 劇場版を見に行くため、アニメ版『鬼滅の刃』をみていました。漫画は未読。以下感想。

  山中。惨殺された家族。唯一生き残り、しかし「鬼」に変り果てつつある妹。異能の力を持つ「鬼」の匂い。旅のはじまり。

 週刊少年ジャンプ連載の吾峠呼世晴原作の同名漫画を、ufotableがアニメ化。監督は『テイルズオブゼスティリア』などの外崎春雄。『Fate/stay night [Heaven's Feel] 』などのufotableの近年の仕事同様、おそらく原作の画作りや精神性を尊重することに重きを置きつつ、アクションシーンでは大胆にキャラクターを躍動させ、全体として見ごたえのあるアニメになっていると感じる。激しくキャラクターを動かすアクションシーンでは、作画ではなく一部3DCGでモデリングされたキャラクターを用いているように推測するのだが、それがまったく浮いていない点が白眉と感じた(これで3DCG使ってなくて作画でめちゃくちゃ動かしてるんだったらわたくし赤面ですが...)。

 さて、この『鬼滅の刃』という作品を構成するモチーフについて、『週刊少年ジャンプ』にかかわる作品群に触れてきた読者たちは、ある種の既視感を抱かずにいられなかったのではないか。血を媒介に同族を増やし、そして日の光に弱い「鬼」は、日本列島の伝説のなかにあらわれる鬼というよりは、西洋由来の吸血鬼を想起させるのだし、またその吸血鬼に「呼吸」を梃子に発現する異能力で立ち向かうという構図は『ジョジョの奇妙な冒険』第一部の記憶を想起せずにはおかない。また、刀を用いる強力な異能集団「柱」の佇まいは『BLEACH』の護廷十三隊と重なってみえるし、また過酷な選別試験は『ハンターハンター』や『NARUTO』を想起させもする。

 ここでそうした過去の作品と重なるモチーフを指摘することで、『鬼滅の刃』のオリジナリティのなさをことさらに言い立てたいわけでは無論ない。我々の時代のフィクションは、多かれ少なかれ不可避的に先行する作品の影響から逃れられず、むしろそうした先行する作品群にいかに目配りをきかせ、そして時に大胆に引用していくことこそ求められるのだから。引用の名手として、ハリウッドでここ20年程大きな影響力を発揮するクエンティン・タランティーノの例を挙げてもよいし、また未だ『週刊少年ジャンプ』の顔であり続ける尾田栄一郎の『ONE PIECE』もまた、尾田自身が愛してやまないであろう古今東西無数のフィクションのコラージュのようなかたちで、長大な旅路を描いている。

 この『鬼滅の刃』にわたくしが食い足りなさを感じる最大の要因として、参照される作品群との距離が非常に(時間的にも空間的にも)近しい点、つまりジャンプ読んできたジャンプ大好きなやつが描いたジャンプ漫画的なフィクションである点であり、またその引用するという所作そのものがほとんど無造作に、ある種の批評意識をまったく欠いてなされている点にある。それがわたくしにとっては、同じく引用の織物である『ファイアパンチ』と、この『鬼滅の刃』とを分ける決定的な一線なのである。


 そしてその原作をアニメ化するufotableもまた、批評性を(こちらはおそらく戦略的・自覚的に)欠落させることで、この『鬼滅の刃』という作品の精神性を忠実に継承していると感じる。マンガという媒体からアニメという媒体へと移し替える、アダプテーションの過程で、そこにある種の批評性が必然的に介入するはずである。しかし近年のufotableは、「原作を忠実に」アニメ化する、という旗印のもと、あえてその批評性を発揮する余地を極小にしている、という感じを受ける。『Fate/stay night [Heaven's Feel] 』において、原作の展開を映画向けに改変することを提案した奈須きのこの主張が退けられたことに、その姿勢が端的に現れている。

 批評性を欠いた原作を、批評性を発揮することなくアニメ化したことで、このアニメ版『鬼滅の刃』は極めて明快な作品になっていると思う。そこには事件があり、展開がある。窮地があり、またそれを切り抜ける勇気がある。しかしそこには何か切実な問いというものが決定的に欠けているように思えるのだ。だからこそよいのだ、と主張することはできるだろう。でもわたくしにとっては、それではフィクションと接するときのほんとうの興奮は湧いてこないのだ。

 

 

このあとものすごくおもしろくなるようだったら素直にごめんなさいします(ゆるして...)

鬼滅の刃 22 (ジャンプコミックスDIGITAL)

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