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革命の夢から遠く離れて────『ワン・バトル・アフター・アナザー』感想

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 『ワン・バトル・アフター・アナザー』をみたので感想。こういう映画に出会うために映画みとるわ!という感じですな!

 アメリカ合衆国極左革命組織「フレンチ75」に所属する男、パット(レオナルド・ディカプリオ)は、同志の女性、ペルフィディア・ビバリーヒルズ(テヤナ・テイラー)と恋に落ち、二人でテロ活動に邁進するが、子どもが生まれたことでその関係も一変する。父親としての自覚にめざめ、革命から足を洗おうとするパットに対し、あくまで母ではなく革命家として生きようとするペルフィディアは、パットと娘の元を去る。その後、彼女は活動のなかで警察の手にとらえられ、仲間たちを警察に売り渡し、フレンチ75は壊滅的な打撃を受ける。

 その16年後。ボブ・ファーガソンと名を変え逃げ延びたパットとその娘、ウィラ(チェイス・インフィニティ)。ままならぬ人生の前に酒とドラッグに溺れるボブは、時折娘に叱責されながらあいまいに時を過ごしていたが、革命家時代に浅からぬ因縁をもった警官、スティーヴン・ロックジョー(ショーン・ペン)が再び二人を付け狙う。ウィラの空手の師であるセンセイ(ベニチオ・デル・トロ)の助けを借りて、戦え、ボブ!

 現代の巨匠、ポール・トーマス・アンダーソンの最新作は、レオナルド・ディカプリオを主演に据えた、元革命家の逃走・追跡劇。1920年代のアメリカを舞台にした傑作『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)以来、過去のアメリカを舞台にして、現代アメリカのある部分を摘出してきたポール・トーマス・アンダーソンだが、今回は久々の現代劇で、また移民排斥、白人至上主義というアクチュアルなトピックに焦点をあて、まさに現代アメリカと正面から切り結ぶ作品となっている。

 クレジットにはトマス・ピンチョン『ヴァインランド』にインスパイアされたことが明示されているが、同じくピンチョンの小説を原作にした『インヒアレント・ヴァイス』が結構忠実に原作のプロットをなぞっていたのに対して、こちらはさまざまなモチーフを借用してはいるものの、よりシンプルな筋に脚色されている。しかし、両作品はいずれも「革命」的な狂騒のあと、革命の夢が挫折したあとでそこから我々がなにを救いだしうるかを問うている点で共通していて、それがポール・トーマス・アンダーソントマス・ピンチョンという巨人の核心として取り出した部分なのかもしれない。

 稠密にからみあう悪の根をたどる『インヒアレント・ヴァイス』の複雑怪奇な探偵の探索劇に対して、システムの末端に結晶化した悪の象徴がダイレクトに牙をむく『ワン・バトル・アフター・アナザー』の逃走劇は極めてシンプルになったが、そのシンプルさゆえの強靭さが備わっていて、2時間半超の長尺をまったく退屈せずに走り切る。

 「かっこいい」と素直に思える瞬間などまったくないといっていい、うだつのあがらない元革命家を演じるディカプリオ、性欲と名誉欲によって駆動する狂人に扮するショーン・ペン、フレッシュな実直さがみなぎるチェイス・インフィニティ、そして胡散臭げだが異様に頼りになる正義漢ベニチオ・デル・トロ等々、役者の演技は強烈な印象を残す。クライマックス、砂漠のなかでいくつもの丘を越えながら殺人者に追われるカーチェイスは、直線を車が走っているだけという単純極まるシチュエーションにもかかわらず手に汗握る。この映画の美点をあげれば数限りなく、わたくしにとっては今年ナンバーワンの作品になるだろうなという予感もある。

 そのなかでもやはり、この映画のもっとも美しいところは、革命の夢破れ、仲間との合言葉を忘れても、救えるものは必ずあると力強く示したラストだろう。だから男は別の修羅場へと娘を温かく送り出す。それがきっと、誰かにとって大切な何かを救う可能性をもつのだと信じて。

 

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