『インヒアレント・ヴァイス』をヒューマントラストシネマ渋谷でみました。昨年12月にアメリカで公開されたのにも関わらず、日本では全然宣伝とかしてなかったのでもしかしてビデオスルーになっちゃうのでは、とか思ってたんですけど、杞憂でしたね。それにしても上映館少なすぎだと思いますが。以下で簡単に感想を。
ヒッピーのセカイ
1970年、カリフォルニア。薬物中毒の探偵ドックが、失踪した元恋人シャスタ・フェイに依頼された不動産王ミッキー・ウルフマンをめぐるどうやら巨大っぽい陰謀の奥に、分け入ったり分け入らなかったりする。
そんなサスペンス風味のストーリーが、ヤク中のヒッピー探偵をはじめ実直で暴力的な刑事やらどうみても弁護士にはみえない弁護士やら、ひと癖もふたくせもある奇妙なキャラクターたちによって、コメディタッチで展開される。
ホアキン・フェニックス演じる主人公ドックは、絶え間なくハッパを吸ってらりっているかと思うと、バッチリ変装して敵の懐に飛び込み情報を得たりもする。でもやっぱりらりってて、彼は何によって突き動かされているのか、最後までよくわからなかった。
そのよくわからない彼があっちこっちひっかき乱す物語は、どうにもとらえどころがなく、散漫ですらある。無数の登場人物とそのプロフィールが飛び交う会話劇は、油断していると置いていかれるし、油断してなくてもなかなか理解がおっつかない。ヒッピー的な散漫さが映画全体を支配している。ストーリーすらも。ドックが突き進んでも明快な真実が明らかになることはなく、むしろカリフォルニアの闇の深まりが見出されるにとどまる。
そうした曖昧さ、散漫さを愛せるかどうかが、この映画を楽しめるかどうかの分かれ目というきがする。僕は楽しくなかったといったら嘘になるけど、それでもおおよそ2時間半付き合うには、その散漫さがキツかった。映画館で根を詰めてみるより、家でだらだら流し見するのに向いているかも、なんて思ったりもしました。失礼極まりないお話ですが。
60年代の夢の終わり―管理される逸脱
本作の舞台は、はっきり1970年であることが示される。それにははっきりと、強烈な意味がある気がしてならない。
ミッキー・ウルフマンにまつわる陰謀を追っていく中で、ドックが発見するのは、麻薬カルテル「黄金の牙」をめぐる奇怪な構造。麻薬カルテルは、ただ単にコカインやらヘロインやらを売りさばくだけではない。社会生活を送ることが困難になった中毒患者を収容するリハビリ施設を経営し、またヘロインで歯が悪くなった人間は自前の歯科医院で治療を施す。麻薬を与え、そのアフターケアからも利益を吸い上げる。
麻薬中毒になったとしても、金さえあれば治療が約束されている以上、資産家の子息は身を持ち崩しこそすれ、多分死ぬことはない。それによって、麻薬を吸うこと、アディクションという状態の持つ意味は不可避的に変容を遂げる。
麻薬の摂取という、かつては反抗や解放の象徴だったものが、いまや麻薬カルテルにより管理されつつあり、それによって窮極の逸脱、死は回避される。アルコール抜きのビールみたいなもんで、管理によって多分その本質みたいなものが失われる。
この麻薬をめぐる意味変容は多分この70年という時代に起きた大きな変化を象徴していて、パリ5月革命をはじめとする68年にほのかに表れた兆しが、管理され脱臼させられていくような、そんな流れが根底に意識されているように思われる。
しかし、そんな時代にヒッピー探偵ドックを主役に据えた意味は、やっぱり管理しようとしても管理しきれないもの、そのわずかな残余に希望を託したいという願いがあるからじゃなかろうか。彼の得た、勝利とも敗北ともつかない、しかし為し得たひとつの善は、その希望の徴ではないか。
「舗道の敷石の下はビーチ!」。多分70年というのは、その舗道が次第に厚く整備されていく分水嶺。それは現代にいたるまで、次第に厚くなり続ける。しかしその舗道の厚みがいかほどであろうとも、その下にはビーチがあるのだ。「もう昔にはもどりっこない」。そうドックとシャスタは確認しあうけど、それでも彼らに光が差す、そのラストカットの示すものはすなわちほのかな希望は決してなくなりはしない、そういうことなんじゃないか。そう信じたくなる、そんな映画だったとおもいます。
関連
ポール・トーマス・アンダーソン監督前作の感想。
68年といえば。
LAヴァイス (Thomas Pynchon Complete Collection)
- 作者: トマスピンチョン,Thomas Pynchon,栩木玲子,佐藤良明
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2012/04
- メディア: 単行本
- クリック: 101回
- この商品を含むブログ (40件) を見る
【作品情報】
‣2014年/アメリカ
‣監督:ポール・トーマス・アンダーソン
‣原作:トマス・ピンチョン
‣脚本:ポール・トーマス・アンダーソン
‣出演
- ホアキン・フェニックス:ラリー・“ドック”・スポーテッロ
- ジョシュ・ブローリン:クリスチャン・F・“ビックフット”・ジョルンセン
- オーウェン・ウィルソン:コーイ・ハーリンゲン
- キャサリン・ウォーターストーン:シャスタ・フェイ・ヘップワース
- リース・ウィザースプーン:ペニー・キンボル
- ベニチオ・デル・トロ:ソンチョ・スマイラックス
- マーティン・ショート:ルーディ・ブラットノイド
- ジェナ・マローン:ホープ・ハーリンゲン
- ジョアンナ・ニューサム:ソルティレージュ
- エリック・ロバーツ:マイケル(ミッキー)・ザカリ・ウルフマン
- ホン・チャウ:ジェイド
- マーヤ・ルドルフ:ペチュニア・リーウェイ
- サーシャ・ピーターズ:ジャポニカ・フェンウェイ
- マイケル・ケネス・ウィリアムズ:タリク・カーリル
- ジーニー・バーリン:リート伯母さん
- マーティン・ドノバン:ロッカー・フェンウェイ
- ジョーダン・クリスチャン・ハーン:デニス
- セレナ・スコット・トーマス
- サム・ジャガー
- ティモシー・シモンズ